香り立つ,バイオリンの調べ

期せずしてやってきた中古のバイオリンの魂柱を,苦心の末に立て直し,いよいよ弾いてみることにした.とはいえ,それほど期待はしていなかった.見た目からして相当くたびれている.まともなバイオリンの表面が褐色の貴婦人の肌なら,このバイオリンの表面はニスが古く焼けたようになって,どうみても年取った農奴の肌.あちこちに傷もある.

新しいバイオリン
なんだか,この画像には縁がある

が,鳴らしてみてちょっと驚いた.音の出がやけにスムーズで,なんだか上手くなったような気がする.もちろん天下の名器のような澄んだ音ではないが,弓に力を入れなくても,長い距離を動かさなくても,すっと音が出るのだ.音色は,激安バイオリンの音が高倉健なら,こちらはちょっと甲高い渥美清の声.下世話ながらも名調子という感じだ.

バイオリンの名器が,豪邸を買えるような値段で取引されるというのはよく聞く.その値打ちは分からないが,多分,古いバイオリンは,新品よりはるかにスムーズに音が出るのだ.というか新品のバイオリンは,その楽器が秘めている可能性からすれば,半製品のような状態なのかもしれない.

長唄鳴り物の名取から聞いた話では,邦楽で使う鼓も新品は音が出にくい.そこで稽古場に置きっぱなしにして,出入りするお弟子さんに打たせておくのだそうだ.そうやって1年、2年と経ってようやく音らしい音が出るという.しかもそこまでやってもだめなものはだめ.当たり外れがあって,良い鼓かどうかは,値段や見た目の造作には全く関係がないという.人間国宝が舞台で使用する,銘とともに流派に伝わる伝説の鼓も,飾りも何もない,しかもガムテープで補修してあるようなものだという.

おそらくバイオリンも,天下の名工房の作品でも,当たり外れがあったのだ.そのポテンシャルも,長年弾き続けて初めて発揮される.金に糸目をつけなくていいなら,今現在名演奏家が弾いているものを譲ってもらうのが最善なのだろう.そこまで行かなくても,海外オークションではバイオリンの中古の出品が非常に多い.多分他の楽器より多いかも知れない.そして,どういう基準か分からないが,ものによってはけっこう高い値段がつく.やはり中古には相当な需要があるのだろう.もし自分に見る目があるなら,手軽な値段で新品以上の楽器を手に入れられるのかもしれない.
ちなみに超高額バイオリンも,支払いは分割で,長い演奏家活動の間に徐々に支払うらしい.そして引退の時には,買った時より必ず値上がりしているので,売り払えば完済してしかも差額でちょっとした退職金代わりのものが残るのだという.

さて,古いバイオリンの話に戻るが、ここまでなら万々歳なのだが,やはり問題があった.実はけっこう臭いのだ.垢や汗が古くなった,年代物の加齢臭という感じで,布で拭いたくらいでは改善されない.鼻の先に置かなければならないのでなおさら不快だ.どうしても髭面の太ったおっさんが,汗みどろになって首にはさんでるところを想像してしまう.
smell violinそれだけならまだいい.多分天下の名器も相当臭いはずだから.出ない音があるのだ.一番高い弦の開放からやや上の「A」の音だけが,かすれたキーキー音になってしまう.原因はいくつか考えられるが...いや、原因は魂柱に決まってるんだが,当分いじりたくない.弦を換えるとか,ブリッジをいじるとか,その前に試してみることはあるはずだ.その間は,Aを使わない曲だけ弾こう.しかもバイオリンはもう一台あることだし.そうだ、そうしよう.問題のすり替えや先延ばしは,得意中の得意だ.

次回「それで上手になったのか」 (2/7 AM0:01)投稿予定
乞うご期待!

5 thoughts on “香り立つ,バイオリンの調べ

  • 2月 5, 2016 at 06:50
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    ノコギリもいい音色を出しますから、そのヴァイオリンもきっとそれ以上ではあると思いますよ。防毒マスク無しでカメラ画像だけなら匂いは分かりませんから、例え、匂いに耐えられないほど嫌な顔して弾いていたとしても「感情移入」が凄い奏者に見えますね。名器を弾く名演奏家のヴィジュアルに名コピーさえ入れればポスターの出来上がりです。「怪しい調べに、貴女は耐えられますか?」

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  • 2月 4, 2016 at 08:35
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    この画像は作るのにけっこう苦労しました。とはいえ仕事だと文句ブーブーなのに、遊びだと鼻歌まじりなのが不思議です。コピーを書くまでもなく、私自身が防毒マスクを被ってノコギリバイオリンを披露すれば、自分勝手に害毒を撒き散らす行為が、いかにはた迷惑なものか、身にしみてわからせることが出来ます。そういうパフォーマンス・アーチストになろうかな。

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  • 2月 4, 2016 at 05:12
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    トランペットもしょっちゅう溜まった唾液を弁を開いて出していました。マーチで行進や戸外の演奏ならその辺に振って落とせばいいのですが室内楽の場合は小型タオルを何時も携行していました。自分の唾液ですから気にもしませんでしたが、他人のは嫌ですね。あまり手入れしないとカビが生えて匂いの原因になりますね。それにしてもヴァイオリンを防毒マスクを被って弾く演奏会は大気汚染地帯では流行りそうですね。バイオリンの他にピアノも。ロックバンドやジャズバンドなどでこれをやれば「大気汚染に抗議行動」の活動にもなりそうですね。そこでヴィジュアルは奏者も観客も防毒マスクを着用して、さて?「コピーの力」をプラスしてポスターを作るとしたら、「?」。

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  • 2月 3, 2016 at 10:52
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    名器が臭いというのは冗談のつもりだったんですが,よく考えると,案外本当かも知れません.弾くとけっこう汗をかくのです.ニスが塗ってあるとはいえ,木製なので吸ってしまうでしょう.とはいえ,ケースの中に入れて長い間放置しておいたのが主な原因のようです.手に入れてからは、しょっちゅう出して弾くので,徐々に臭いが薄れてきました.
    楽器の演奏光景というのは,遠目に見るには華麗ですよね.管楽器だって,傾けるとドバーっと唾が出てくるなんて,知らない人は思いもよらないでしょうね.

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  • 2月 3, 2016 at 10:18
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    ファブリーズをシュッ!って手はどうですか?湿気を与えてはダメですか?乾燥すれば大丈夫のようにも思えますが。名器は臭いモノ?とは知りませんでした。遠目に見るだけではわからないものですね。木製の楽器は枯れた方が響きがいいのでしょうか。木の組織と言うか細胞と言うかその辺の無数の空洞のようなものが音を変えるのでしょうね。金管楽器ではそうはいかないですね。

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