I Can’t Give You Anything but Love, Baby

Jimmy McHugh(1894 –1969)の作曲。

本年最初のパブリック・ドメイン名曲集である。何度も書いたことだが、著作権は作曲者の死後50年でようやく消失するので、パブリック・ドメインの曲となると、我々高齢者でもなじみのないほど古い曲が多い。未だに演奏されている名曲も少なくはないのだが、有名どころを紹介し終えると、自分が知っている曲を聴きごたえのある演奏でという、本カテゴリーのコンセプトを満たすようなものはなかなか見つからない。

この曲は、私も最初は聞き覚えがなかったのだが、ジャズ・バイオリニストが演奏や練習曲としてよく取り上げているので、すっかりおなじみになってしまった。動画も、ジプシー・ジャズと呼ばれるジャズの原型のようなスタイルと、現代的なアレンジがあいまって、古臭さを感じさせない楽しい演奏である。音楽というのはなかなか高度な情報らしく、歳を取ると、1.2度聞いたくらいでは、新しい曲がなかなか覚えられない。そのせいか昔好きだった曲を繰り返して聞くだけになりがちだが、これは年取ってから知った曲だがしっかり頭に残っている。その意味でもお気に入りである。

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「格好つけて落ちてるだけさ」

トイストーリー第一作の、バズ・ライトイヤーのセリフである。

人は誰でも、自分が特別な存在じゃないことに気がつく時が来る。親の愛情を受けて育ち、学校などの限られた世界で相応の成果を上げ、社会は自分の活躍を待っていると思って巣立つ。そういう若者の気概は本当に大切なものだが、残念なことに社会に出たとたん自分が特別どころか、未熟な若造に過ぎないことを知らされてしまう。

バズ・ライトイヤーは宇宙冒険ドラマのキャラクターを模したおもちゃだ。アメリカ人がバズといえばアポロ11のバズ・オルドリンのことだし、ライトヤーは光年。これ以上ないくらいの、宇宙ヒーローである。誕生日のプレゼントとしてアンディ少年の家にやってきたが、当人は自分がおもちゃではなく、本物の宇宙ヒーローだと思い込み、とんちんかんな行動を始める。先輩おもちゃのウッディが自分たちがおもちゃにすぎないことを何度言って聞かせても、光線銃が出ないのも翼のロケットで空を飛べないのも、故障のせいにし、周囲を戦場に見立て黙々と「作戦行動」を続ける。ちょっとしたドン・キホーテだ。

そんなバズだが、大型おもちゃ店でバズ・ライトイヤーのおもちゃが大量陳列されているのを発見し、自分が何者であるか知ってしまう。そして、落ち込んで自暴自棄になったり、仲間のウッディと喧嘩したりしながらも、本当の自分に立ち帰って仲間の救出作戦に。車で運ばれて行く仲間に向かって、高い場所から翼を広げて滑空するときに、ウッディが「飛べたじゃないか」と言ったのに対して答えたのが、今回のセリフである。

冒険の舞台は大宇宙からご近所にパワーダウンしてしまったが、おもちゃの身で仲間を助けようという車道に飛び出すのは大冒険だ。そんなときに発したバズの、ちょっと自嘲気味の一言は、体内のレコーダーに入ってる宇宙ヒーローの決め台詞よりずっと格好良かった。

※プレゼントがアンディの誕生日かクリスマスか、飛び降りたのは屋根か2階の窓か。そのへんは忘れてしまって、見直してもいないので間違ってるかもしれない。

雪まつりが来る!

2月5日から、札幌雪まつりが始まる。忘れもしない2年前、札幌市は雪まつりをきっかけに、全国にさきがけてコロナ感染が拡大した。昨年は流石に中止になったが、今年は大通り会場だけではあるが、開催するそうだ。これは怖いことだが、何が怖いと言って自分の心が怖い。2年前の同時期に比べ、明らかに油断しているのがわかる。食料を買い込んでなるべく家から出ないように、どこにも直接さわらないように、買い物は人のいない時間帯を狙って、というようにすべてに怯えて暮らしていた、あのころの緊張感や恐怖心が全く戻ってこないのだ。

昨年後半は感染者が激減し、またオミクロンの症状が軽いなど、安心したくなる情報も多いが、現在(1/8)すでに、感染者数が2年前の水準を超えている。そして、当時は通行人もみな緊張感を持っていたと思うが、現在はやはり自分同様、油断しているのは間違いない。そんなふうにお膳だてが整ったところへ、雪まつりがやってくるのである。

「オミクロンが軽症とか言っても、やはりコロナは怖い病気だった。感染力の強さを考えれば、むしろ2年前の何倍もの緊張感をもって暮らすべきだった」
そんなふうな後悔はしたくないものである。

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