張り倒す、蹴りつける、ひったくる

路上強盗ではなく、高齢者の動作の話。

張り倒す : 食卓の上の味噌汁を取ろうと手を伸ばし、手前の醤油差しに気づかず倒してしまう。

蹴りつける :前ばかり見て、床の上のものを蹴ってしまう。長年暮らした自宅の敷居に躓いてしまう。後者の場合、人間は最小エネルギーで効率よく動こうとするので、例えば敷居を越えるには、足元を確かめずに「前蹴りの何%の力で足を上げる」というようなプログラムに沿って動く。だが、筋力が弱っているので、足が十分に上がらないということだと思う。

ひったくる :ものを受け取る時に、ひったくるようにしてしまう。若い頃には気が付かないが、人間の腕も何キロかの重さがある。ものを受け取るときには若い時以上に力を込め、両手などで受け取らなかればいけないのに、習慣で片手で受けたりすると重さの分引っ張る形になってしまう。コーヒーなどの熱いものだと危険だ。

さらに悪いことにあわてて醤油差しを戻そうとして、味噌汁を引っ掛けて転がしてしまうというような連鎖反応も。ジョン・ウィックなみの連続アクションが、日々巻き起こる。それがハードボイルドな高齢者の日常なのだ。

アポロとアルテミス

人類を再び月面に送り届ける「アルテミス計画」が、アメリカを中心とする西側国の協力で進行中だ。22年に月の周回軌道を回る無人宇宙船アルテミス1号が発射され、今年4月には同じく周回軌道を回る有人のアルテミス2号が予定されている。

アポロ計画では人類初の月面上陸が目標だったために、平坦で着陸しやすい「静かの海」が選ばれたが、アルテミスは月の南極地点をめざしている。月の南極とは地球から見える月の下の部分だが、アポロに比べて着陸が非常に難しい。太陽光が真横から指すので大きな影ができやすく、空気がないので光が拡散せず影の部分が真の闇になるため、上空からはもちろん近くに寄ってみても地形の凹凸が判断できない。

そんな場所を選ぶ理由は水だ。月南極には一度も太陽光が差したことがなくマイナス200℃にもなる「永久影」の部分があり、砂粒に付着するような形で氷がある可能性がある。これが利用できれば、太陽光発電との併用で居住可能な基地が設営できる。さらにその経験をもとに、火星での居住可能性も見えてくる。

アポロの時はソ連の宇宙開発がプレッシャーになったが、アルテミスでは中国への対抗の意味が大きい。地球の南極の場合は「南極条約」が国家間で結ばれていて、特定国の領土化や軍事利用、資源採掘などが禁止されているが、月の場合は領有は禁止されているが、南極条約ほどの縛りがない。先に施設を作ってしまえば、なし崩しに勢力圏を広げられる余地がある。西側から見れば、中国の動きはそれを狙っているように見える。そして月開発の無秩序がそのまま火星に持ち越まれるかも知れない。

SFでは、地球上で生まれた国家間対立が、銀河系全体に広がってしまった世界がよく登場する。現代社会の分断ぶりを見ていると、あり得ないこととは言えない。アルテミス計画の成否は、遠い未来の人類のあり様が決まる分岐点かもしれない。

人類の叡智を集めた偉大な試みが、ルール無用の早いもの勝ちというのは、少々頭が悪い気もする。

今朝も揺られてます(マンガ)

増田英二作、別冊少年チャンピオン連載中。バレンタイン・デー直前にふさわしく、ボーイミーツガールなコメディ作品の紹介を。
主人公は通学電車内でお互いに気になっているが、声もかけられないでいる高校生男女。そのことは一緒に乗り込む大人の乗客たちには見え見えで、特に中年男性の「部長」、「OL」、「大学生」の3人は、ういういしくも甘酸っぱい二人を守るのが毎日の「癒やし」だ。密かにアドレスを交換し、素知らぬ顔で二人のちょっとした仕草に反応してチャットで書き込み合う。それどころか仕事後に集まって、「今朝の二人」を肴に一杯飲んだりする。お気に入りの青春ドラマのファンのオフ会さながらだ。

当の二人は、勇気を振り絞ったわかりにくく遠回しなアプローチは次々失敗。乗客たちをチャットで身悶えさせる。さらに思いがけない邪魔が入ったり、それが時の氏神に変わったりと、エピソードづくりが抜群にうまい。普通の人々と、実在しても不思議ではないシチュエーションを使いこなし、読者を揺さぶりながら、癒やしの通学電車に乗せてしまう。奇矯な人物のキャラクターに頼りがちなコメディやマンガにはなかなかない練れたシナリオで、特に悪役や敵役がいない、善意の人だけでスリリングな展開を。

デートの約束取り付けに苦労し、待ち合わせ場所や時間が行き違ったりしていた世代からすれば、夜中でも連絡を取り合える環境で、なぜ不婚や少子化になるのか不思議に思うことがあった。が、多感な世代にとっては、アドレス交換にも告白に等しい勇気が必要だ。新しい技術の登場が、それまでのドラマづくりを変えてしまったとしても、人間が使っている限り新しいドラマが生み出されるのだと感じた。