アクション映画の醍醐味

映画映画を選ぶ時は、映画でしか見られない光景やシーンがあるかどうかで判断している。なのでアクション映画、SF、スペクタクルを見ることが多い。とりわけアクション映画は、結局のところ主人公が悪役をぶっ飛ばすカタルシスが売りなので、二番煎じは通用しない。主人公が絶体絶命のシチュエーションから思いもよらない手で反撃して勝たなければならない。

制作に携わるのはプロ中のプロだ。格闘技はもちろん、車の運転、火や爆発物、水中やスカイダイビングなどそれぞれの専門家がいて、法律や表現上の規制、撮影方法まで含めて常に新しいシーンを考え続けている。さしずめスマホやドローンなど、新しい技術が登場するごとに、それを使ってどう悪役をぶっとばすかアイデアを凝らしているのだろう。年寄りがちゃぶ台でもそもそしゃべるだけというのとはわけが違う。
観客もまたそこを読み取って評価する「通」ぞろいだ。現実とフィクションを区別できることはもちろんだが、作品の背景にある政治、経済、社会の変化に対する制作者のメッセージやジョークまでをも味わい尽くす。アクション映画の鑑賞は、まさに制作者と観客による高度な知のバトルなのだ。

ドネルエクメク

下がり始めたとは言え、米の値段は相変わらず高い。SNSなどでは、しばらく米を食べていない、パンと麺類になじんだので多少安くなっても米食には戻らないなどの声もある。しかし、食事は楽しみでもあるのだから、いつまでも我慢し続けるのは精神衛生上よくない。そこで日本人に我慢ではなく喜ばれる小麦食として、トルコあたりの一般家庭で作られている「ドネルエクメク」を紹介したい。

日本人が好きなパン類には特色があるように思う。肉まん、インド料理店のナン、ミラノ風のピザの耳部分など、水分が多くてふっくらもちもちのタイプだ。
トルコのフラットブレッド、ドネルエクメクは水分が多く柔らかい。ちぎってスープ類に放り込んで食べてもいいし、ピタのようにおかずをはさんでもいい。食パンやフランスパンと違って、きんぴらごぼうでもなんでも挟んで食べても違和感がない。サバの塩焼きサンドなどはそのままトルコの名物料理なので、焼き魚もぴったりだ。基本的にはできたてを食べるものなので、主食の米だけは自宅で炊いてきた日本の食習慣にも合う。また、動画を見れば一般的なパンづくりと違い、ボールの中でできてしまう上に、それほど生地をこねていないことに気がつくだろう。ふつうコネの足りない小麦粉生地は膨らみが弱いし、冷めた時にしぼむことがあるが、ドネルエクメクはコネの手間もかからずに、いつまでもふかふかのパンができる。ふくらむ原理が違うのかも知れない。

<材料>
温水500ml
牛乳250ml
サラダオイル 40ml
イースト 5g
中力粉 1kg
塩 小さじ1

<作り方>
①材料をボールに入れ、箸やスケッパーで混ぜる。2倍程度にふくらませる。
②ざっとまとまったら、手で、タネを下から持ち上げて上に被せるようにしてこねる。
③台に出して小麦粉を振ってざっとまとめ、分割してプレーンヨーグルトを塗る。
④焼き時間は250℃で10分とあるが、300℃になるオーブンなら5分程度で焼き上がり。

<コツなど>
②の手つきとタネの柔らかさがポイント。最初はべたつくが、やがて手につかなくなる。かなり水分の多いタネなので、一般的なパンのようにのし台、のし板は使わない。それらが無くても作れるということでもある。たねの固さや扱い方は中国の油条(ユーティアオ)やフォカッチャに似ている。
③でのガス抜き、二次発酵はあまり意識しなくても大丈夫。上に塗るヨーグルトは重要で、何度かに分けて焼いても、整形済みの生地の表面が乾かない。ヨーグルトに卵黄とオリーブオイルを入れるレシピもあり、食欲を誘う焼き上がりになる。さらにすりおろしたニンニクを入れると、味わいがぐっとイスタンブールになる。そのまま酒のつまみになるような香ばしさが出てくる。(イスラム圏だが・・・)
④焼成温度は高ければ高いほど、時間は短いほど良い。2回めに焼くときには時間を置いて庫内の温度を上げるほうがいいかもしれない。より高温でより短時間というのは、ピザにも通じる、含水量の多いパンの基本だ。
※中力粉は置いていないスーパーもあるが、海外のレシピ動画などでは万能粉、多目的粉と呼ばれていて、薄力や強力より使い道が広い。日本でも麺類などの工業用として一番多く使われているので、店頭にある場合はたいてい一番安い。

日本の製パン会社は食パンをいかに柔らかく、水分が多くねばりのある味わいにしようとして努力しており、なかなかいい線いってはいるが、長く見ても100年ちょっとの歴史しかない。ドネルエクメクは、日本のパン食どころか、米食よりも遥かに古いメソポタミア1万年の小麦食の歴史から生まれた味だ。日本の食卓にもすぐ馴染むと思う。

音のない世界

先日、突然耳が聞こえなくなった。遺伝的に耳が悪いし少しずつ悪化してきてはいたが、突然スイッチを切るように聞こえなくなるとは思わなかった。
音が聞こえないとどうなるか。いつもの光景が、異世界に放り込まれたように見え始める。車が近くに来るまで気が付かなかったりするので、危険もある。目より先に音で確認していたことも多い。水道の蛇口もそうで、目は他を見ながら水音がしているから止めていたことに改めて気がついた。
また、バイオリンを始めたとき、骨伝導が効くから多少耳が悪くなっても続けられると考えたが、これは大間違いで、聞こえないものは聞こえない。もちろん人の言葉も同じで、大事そうなことはメモに書いてもらった。

で、耳鼻科に行ったら原因は耳垢で、プロの掃除ですぐ聞こえるようになった。柔らかい耳垢の人は掃除したつもりでかえって押し込んでしまうことがあるそうだ。定期的に耳鼻科に通わなければ聞こえなくなるというのは、動物としてどうなんだろうと思ったが、若い頃にはなかったから、代謝の衰えなどで外に排出する働きが悪くなったのかもしれない。

ともあれ今の気分は最高だ。耳鼻科からの帰り道、信号の通りゃんせや自分の足音まで聞こえてきて、そのままタップを踏みながら、「世の中は素晴らしいものに満ちている」と自作の鼻歌を歌いたくなった。ミュージカルの登場人物の気持ちがわかった気がした。