カフェのサインがテーマ。単純なものなので、文字の内部のプリント柄をひとつずつ自作してみた。AI時代だからこそあえて手のかかったことを、というのは最近の方針である。

そう言っておきながらフレーバーテキストはChatGPT製。「老舗カフェやデリカテッセンのスローガン風で、立派なことを宣言しているようでありながら、実は不手際がバレてしまっているもの」という、少々ややこしい注文をしたつもりだったが、すんなり作ってしまった。
遅さ、騒々しさ、そして愛すべき注文忘れが、当店の一貫した伝統です
AIもなかなか言うじゃないか。


羊ヶ丘展望台入口辺りに確かニトリがインテリアを売りにしたレストラン兼カフェがありましたね。家具は家具店で買うものですが、カフェレストランでお茶をしながら確かめるのも販売戦略としては面白い手法ですね。昔、ヨーロッパ家具関係の仕事に関わった事がありましたが確かに造りはしっかりして居ましたね。価格は特別高価でしたが。それをインテリアに取り入れれば、それなりの顧客が来店するでしょうから、そんなカフェレストランなども有りかと思いますね。
純喫茶と言えば三女の姉が東京で喫茶店をやって居た事がありました。さすがに郊外であってもテナントビルの家賃もあって、相当の売り上げが必須だと言う事でした、売り上げの中心は近くのサラリーマンで、それも昼食に訪れる人達だと言って居ました。コーヒーも原価は或る程度安くても単価は安いので相当の来客が無ければ採算が取れないと言って居ましたね。現在では原価が高いので単価の安い商売は大変の様です。喫茶店が極端に減った原因ですね。
雑談ですが・・・。大阪で喰えない時代に、変わった喫茶店がありました。まだ若い女性独りで他に従業員は居ないガラス張りで円形の温室風の喫茶店でした。円形カウンターの中にオーナーなのか雇われ人なのかは知りませんが何時も一人で賄って居ました。そんな珍しい喫茶店はいつもガラガラでしたから落ち着きました。円形カウンター越しですが彼女との距離も近く会話も弾みました。彼女は私よりは少し年上で苦労もしたようでした。そんな或る日の事、暮らしの事情を聴かれて正直に答えました。お金も無いし、住まいのアパートの小型冷蔵庫には塩くらいしか入って居ないし、大したオカズも無いからご飯は炊いてもフリカケ程度だと。すると意外にも彼女も前の生活に困窮していた頃の体験談を聞かせてくれました。そしてそんな時の秘訣を一つ教えてくれました。それは大阪でしたから江戸紫ではなく地元で造っていた磯自慢(ノリの佃煮)の瓶に七味唐辛子を一瓶入れてかき回して自家製(特製)ご飯の元を作って見たら?と。彼女の体験談ではほんの少しでご飯を何杯も食べられると。早速試したらその通りえした。若い時にはお互い苦しい時も有るけど頑張ろうねと勇気づけられたものです。そんな想い出のカフェもありましたね。
佃煮に七味ですか。試さなくても美味しいのがわかります。盲点みたいな食べ方ですね。最近は物価が高くなったので、広まるかもしれませんよ。お金はなくてもご飯だけは炊いたというのは、米高騰の時代には考えさせられる言葉ですね。その米さえもとなると、ある意味当時より悪い状況なのかもしれません。
OLD CAFEを思い出しました。今流行りのスタバの様でも無く、しかし何故か落ち着く所で時間つぶしを堪能できる場所でしたね。たった一杯のコーヒーで数時間も居られたり、カウンターではオーナーやママとの会話を交わしたり、或る時は備え付けのギターを爪弾いたりと、決してお洒落では無くても味わいのある空間でしたが、今では採算性重視なのか?見当たりませんね。しかし最近は東京などでも往年の準喫茶なる数少ない店が密かなブームらしいですね。昭和レトロブームも手伝って。
昔の喫茶店は良い椅子を置いていたところが多くて、長時間座っていても疲れませんでした。当時は体重があったせいで、しっかりした椅子でないと不安定になるのですぐわかりました。ただ、それほど混んでもおらず長居する客も多かったのに採算が取れていたのが不思議です。