チャールズ・ダーウィンの進化論は、あらゆる生命が環境の変化に対応して進化してきたことを示した。これは個人にとっても言えることで、若い頃には自分が進化したと感じる瞬間もあった。が最近はもっぱら衰えを感じる一方で、これもヒトの退化の一種なのではないかと思った。おそらく生物についても、進化して生き残ってた種よりも、退化して絶滅したもののほうがはるかに多いだろう。そこで私は、これまで取り上げられることの少なかった「退化」について、自分自身の例も含めて書いてみようと考えた。概要は以下のとおりである。
- まえがき「ヒトはなぜキレるのか」
- 「耄碌」と「ヤキがまわる」
- 老化現象と人格崩壊
- COVID19騒動に見る社会常識の衰退
- 社会システムとしての退化
- 「進化し続ける精神」という幻想
- 遺伝子の退化と脳の退化
- ダーウィン「進化論」の功罪
- あとがき「進化の果てにある退化」
という冗談を書いていたのだが、だんだんわびしい気分になってきて、書く気がなくなった。かつて数々の不謹慎な冗談で名を馳せてきた自分とは思えない体たらくである。バカをやるにも若さが必要らしい。歳はとりたくないものだ。
バカさかげんの進化でも、進化にはかわりないですね。利口になったと思ってるよりいいかもしれません。
老化と言えば我がワイフなどは身体は衰えるに従って、反対に口だけは達者になりましたよ。毎日が小言コウベイ?ですよ。
口が達者なのは、頭が達者だからでしょうね。どこの家庭も女性の方がしっかりしてます。
また冗談じゃあないですか。途中まですっかりマジで読んでしまいました。冗談言えるうちは、まだまだ進化していますよ。