ミスター・インターネットと呼ばれた慶応大の村井純氏は。かつて「インターネット前提社会」が訪れると言っていた。何をするにもネットが大前提な社会になるということだが、自分もその恩恵に預かりつつも、そこまで社会変革が起きるかは疑問だった。だが、現代はご存じのとおりである。
同様に、AI前提社会は訪れるか、あるいはもうそうなっているのかを考えている。AIもまた幅広い分野で活用できそうだが、真に活用できるのは、体系立って蓄積された自社データを学習させられる企業だけで、小規模経営や個人は、それほど必要でもないものを使わされることになる気もする。そのへんを見極めたくて、しょっちゅうAIをいじってる。
社会を変革させるような新たな「前提」は、これまで何度も登場してきた。そして多数の人を巻き込み、それぞれの立場や取り組みに応じて、毒にもクスリにもなってきた。大変革は慣れるしかないが、「コロナ前提社会」だけは勘弁してほしかった。


先日、近所のコンビニで妻が有名ミュージシャンとのコラボキャンぺーンのタイアップのケーキを注文したのですがが、多忙なのか?店員もつれなくネットで申し込んでくださいの一点張り。何とかQRコードをスマホカメラで撮り注文画面に進むが、やり付けないせいも有ってか注文で来たのかどうか?の確認すら出来ず、そんな翌日娘が現れて手際よくやり直してくれたものの不満たらたらでした。年寄りには一部を除き、未だネット社会は大の苦手ですね。これまではマンツーマンで簡単に済んだ事も人を介さずスマホで。スーパーでもDYIでも自動レジコーナーが。対面のレジも少なくなりました。以前に比べてスタッフも激減しました。その前で係員に手伝って貰って居るのは大抵はお年寄りですね。一方、AIは便利ですが、大量のデータからの回答で自分自身の考えではないですから、便利な辞書を引いているようなものですね。しかしAIは文字情報だけには限りませんからイラストなども要望をすればそれなりのものが出来上がりますからコピーやイラストも全てこなしてくれますね。こんな便利なものを使わない手は有りませんが、これまで自分の手で苦労して仕上げて来た作業がいとも簡単に数分で仕上がりますから有難い反面空しくもなりますね。
当然のことながらAIは手抜きという批判も高まって来ました。公共物にAI生成物を使い、謝罪会見を開いたところもあります。本当のクリエイティビティの敷居が高くなり、AIでできるていどの作品には値下げ圧力もかかってくるでしょう。AI製ではない証明が必要になるかもしれません。かつてデザイン分野にMACが入ってきたときと似ています。最初は効率化できると喜んでいましたが、効率化を理由に値下げを要求されたり、印刷プロセスの一部を無償で代行しなくてはならなくなりました。しかもそれまで紙と鉛筆があればできた業務に、大掛かりな設備投資をすることになり、経営が悪化しました。大変革が始まると強いものはより強く、弱いものはより弱くなりますが、AIに関するその境目は、経営情報の蓄積をAIに学習させられるかどうかのあたりではないかと思っています。