<閏年SP>インターネットとオリンピック

すっかり忘れていたが,今年は閏年.オリンピック・イヤーだった.そこで,記念すべき2/29に,何かしら書き込んでおこうと思う.

オリンピックの公式サイトが初めてできたのは.’96年のアトランタ大会の時である.その前の’94リレハンメル冬季大会の時は,サン・マイクロシステムズ社が独自にサイト構築した.IOCに許可を求めたが,なんのことかわからずに,スポンサー費用もとらずにOKを出したらしい.当然ながら世界中からすさまじいアクセスがあり,世界はインターネットの力を初めて知った.TVよりも新聞よりも早く,すべての競技情報が網羅されている情報源などどこにも無いのだから,当然のことだった.

オリンピックの公式スポンサーは,実はサン・マイクロシステムズではなくIBMだった.次のアトランタ大会では,名誉挽回とあってそれまでにない野心的なテクノロジーが採用された.一度訪れたユーザーを識別して,リピーター向けの情報に誘導する,Cookieである.今では当たり前になってしまって,ことさら使っていることがわかるサイトはなくなったが,アトランタの後は,「またいらいっしゃいましたね」とか「XX回目のご来場ありがとう」などと表示されるサイトだらけになってちょっとウザかった。が,ともあれ本格的なWEBマーケティングも,このときに始まったわけである.
また,atlanta.olympic.orgという1つのURLへのアクセス集中を緩和するため,米コーネル大学,米IBM社,慶応大学,独カールスルーエ大学,英IBM社の5箇所のサーバーで分散処理する仕組みも初めて導入された.世界中からの膨大なアクセスを世界全体で受け止める,地球規模のしくみができあがった.

さらに’98年の長野オリンピックでは,ウェブアクセシビリティのための国際規格が定められ,公式サイトに採用された.画像の説明コメントなどを統一することで,目の不自由な人も,読みあげソフトや自動点字装置を使って,インターネットからオリンピックの最新情報を知ることができるようになったのである.
人間とインターネットの関わりは,オリンピックのたびに発展してきた.日本から最も遠いブラジル・リオデジャネイロ大会では,距離と時間を超えた新しいインターネット体験が待っているかも知れない.

2 thoughts on “<閏年SP>インターネットとオリンピック

  • 3月 1, 2016 at 08:47
    Permalink

    アトランタ大会の,5箇所のサーバーのなかに慶応大学がありますが,これは当時,同大学の村井純先生他,日本人がインターネットの規格づくりに活躍していたことによります.とりわけ,当初英語だけで十分とみなされていたインターネット界で,日本語などの「扱いにくい」文字も使えるようにしたのは,村井氏等の大きな貢献です.これでアジア,中東などの国々が,自国語を利用できるようになりました.ネット用の海底ケーブルも,日本がアメリカ以上に率先して敷設しました.
    もしこれらがなければ,インターネットは英語圏と英語を使える人だけのものになり,我々が今享受しているメリットはありませんでした.(もちろんこのブログも).そして,おそらく多くの企業で,社内日本語禁止になったはずです.(もちろんその取引先も).我々は,すんでのところでそうならずに済み,極めてラッキーだったわけです.だから特に若い人には,スマホでバカサイトを見るだけでなく,ちゃんとPCにつなぎ,プログラムを学んだり,先進的な技術者やクリエイターの集まるフォーラムに参加したりして欲しいものだと思います.

    Reply
  • 3月 1, 2016 at 06:34
    Permalink

    インターネットも相当に歴史があったんですうね。僕の中では、ついこの間始まったとばかり思っていましたが、それは自分が、それまで関わっていなかった?関わろうとしていなかった不得手分野として決めつけていたからでしょうね。その間、先駆者たちが苦労して今日があるわけですね。感謝ですね。

    Reply

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です