ドメイン

ネット上のサイトのアドレスであるドメイン。その昔、日本でドメインを取るのは非常に高額だった。大手の情報関連企業がドメイン取得とサーバー使用、その他もろもろをひっくるめて売っていたからだ。そのうちこれらを数十万円という”超破格値”で提供する企業が表れ、時代の波に乗って上場までした。
が、調べてみるとドメインの取得は国際機関へ登録するのだが、年間10ドルほどしかかからない。それを代理店経由で契約するのだが、代理店はマージンをとるだけなので、我々が払うのも同じだけ。海外ならサーバー費用も極端に高いわけではなかった。専門用語がならぶ英語のサイトに、クレジット番号を送るのはおっかなびっくりだったが、うまく行ったので友人や取引先などのために、片っ端からドメインをとり、ホームページを作った。まだ、WEB制作会社などなかった時代である。

最初にとったドメインは「peach-garden.com」という、三国志の桃園の誓いからとったもの。当時まだ中国でインターネットが一般化してなかったので、してやったりといったところだった。そのうち、北京の桃園大飯店から超高額オファーが来るのではないかと。まあ、そんなことなはなかったが。

現在ドメインの取得費用は、安いときには数十円ということもある。こういうのは大抵1年間だけで、通常料金は「.com」などより高いものが多く、次年度には自動で契約延長される。気づかないうちに、高い契約をさせようという、ちょっとグレーな商法だと思うが、まだ規制はないのだろう。
そこで安売りを見つけると、後々価値が出そうな名前を考えて、取ってみることにしている。一種の頭の体操でもある。例えば以前「kitanokuni.com」というドメインを持っていた。例の「ルルールルルルル…」だから、使ってよし、売ってよしということで、取れてラッキーと思っていたが、買い手も使い道も無かったので、契約延長せずに手放した。
すると、何たることか、先日18万円で売りに出ているのを知った。ドメインの売買業者が、私が手放したのと入れ替わりに取得し、専門の市場に出したのだ。いやあ大失敗。年間千円ほどしかかからないのだから、100年待ってもペイしたのに。もっとも、売りに出ているというだけで、その価格で売買されているということではないのだが。

※ここで紹介したドメインのうち、リンクがついているのは私自身が管理しているサイトにつながります。これらは安全ですが、リンクのないものは既に手放したドメインですので、どう使われているか責任は負えません。

6 thoughts on “ドメイン

  • 4月 13, 2017 at 09:27
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    広告業界では,私の所属していた大阪本社の大手代理店でさえ,当初Webのことを「ニューメディア」と称して開設準備室など作っていました。開設準備室長も部員もズブの素人で何だか訳のわからないセクションでした。そうこうしているうちに出足が立ち遅れ,夏休みに東京に社員有志を集めてPC講習会を2日間実施。私も参加しましたが,既に個人的に札幌市開催の講習会などに参加していたので,余りにも初歩的な講習に退屈しました。その後会社が斡旋してノートPCを社員に買わせたのですが,これが30万もする小さなIBMのシンクパットでした。外付けのCDドライブ付きでしたが,今思えば使い物にならなかったです。自宅にNECのデスクトップとドットプリンター(当時200万円)も使い物になりませんでしたね。あの時のニューメディアとは,つまりインターネットの事だったのか?と。しばらくしてから気づいたものです。

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    • 4月 13, 2017 at 21:17
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      インターネットが登場する前、ISDNが登場してデジタル通信のコストが一般電話と同じ3分10円になったころ、ニューメディアという言葉が言われていました。今後は、コンピュータ同士(と言っても大型機ですが)の通信が一般的になるだろうということで。それまでの情報通信と言えば、銀行の本支店間などで、専用回線を引いて行なうものがほとんどで、年商200億いかない企業には維持できないと言われていましたから。
      でも、当時は企業ごとに違うコンピュータで、それぞれ勝手なプログラムを作って走らせていた時代ですから、回線が安くなったからと言って、簡単に通信できませんでした。情報をやりとりする技術をどうするか、またつないで何をするのか、ほとんどの企業はビジョンを持てなかったと思います。
      そのころ私は電電公社(!)の依頼で、道内で情報通信システムに取り組む企業を片っ端から取材してました。後に物流の情報化を武器に、道外に進出していった企業も、当時は社内でさえトップの考える情報通信戦略のビジョンが理解されておらず、また解説書、入門書などもありませんでした。だから、記事をまとめるのも大変でしたが、取材先で記事の載った機関紙を、そのまま取引先への説明資料や新入社員の研修テキスト用にするため、何度も増刷されました。(※そうと知ってたら、もっとギャラが欲しかったです)

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  • 4月 11, 2017 at 18:05
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    そう言えば前職の東京本部でもプロバイダの資格があるとか言っていましたが,サーバーを見てガッカリしました。マックのG4のタワーを棚に並べてあったからです。あの程度でプロバイダーなどとは心配ですね。クライアントのホームページの管理はしていたようです。制作会社ですからホームページの改稿作業はお得意でしたが。

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    • 4月 13, 2017 at 08:21
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      昔でしたら、やっただけでも大したものだと思いますよ。広告業界はIT化に立ち遅れている日本の中でも、特にそのへんができてない業界です。その会社も、資金面などは問題なかったでしょうから、もう少しビジョンがあれば、業界で屈指の存在になってたかもしれませんね。

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  • 4月 10, 2017 at 23:42
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    前職ではネットより印刷志向でしたから,作業環境が制作用か事務用でした。ネットに興味があってもできなかったですね。自分としてはネットを知りたかったのですが。その頃はドメインなど簡単に取れるなどと考えられませんでしたね。

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    • 4月 11, 2017 at 07:44
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      ネット時代初期は、誰もよく理解してなかったらしく、奇妙なビジネスがありました。「地域プロバイダー」なんていうのがその最たるもので、全国にできました。多分、行政の補助もあったと思います。でも全国に自前のアクセスポイントがないのですから、プロバイダーが発行するメールアドレスをメインに使うと、その会社と、引っ越し先のプロバイダーと、二箇所で料金を払わなければならなくなります。会社もそうですが、個人も最初からドメインを持ち、ドメイン名のついたメールアドレスで、世界中どこでも送受信できたほうが良かったのですが、国内のIT企業がバカ高い料金を設定して利権化できると思ったのでしょう。おかげで日本のネット対応は随分遅れました。

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