劇場型ご臨終

友人から、癌になって入院中という電話があった。これから検査という、ベッドの上からの連絡だ。今までこういうことは、家族などから人伝えに聞いて知るのが普通だったが、携帯のおかげで病院で本人が直接連絡できるようになった。が、受けた方としては、驚きが生々しくて、一瞬何と答えてよいかわからなくなる。
結局友人の癌は良性で、すぐ退院した。病室からの人騒がせな電話は、要するにヒマだったかららしい。とんだ劇場型闘病生活である。

先日、病床からTWITTERを更新し続けていたタレントが、ついになくなった。全く気の毒というほかないが、どうかこれをマネる人間が出てこないでもらいたいものだと思う。夭折した美女だからサマになるのであって、ジジババの末期のあがきなど、見ても後味が悪いだけだ。また、病床で何か口走るだけなら、周りの者が聞かなかったことにもできるが、感極まって、墓場まで持っていってもらわなければならないようなことを公開されでもしたら、場合によっては大事になる。

メディアは盛んに持ち上げているが、死者に対して多分に冒涜的なのだから、ブーム作りみたいなことはやめて欲しい。

ビオラ

ビオラの調子が良くなってきた。当初は大きい分扱いにくく、音色もややこもったようで冴えなかったが、最近は大きくて堂々とした音が出るようになってきた。バイオリンのほうは8千円の激安で、多分素材は合板のプレスだが、ビオラは中国製のお買い得品とは言え、単板からの削り出しである。ここに来てその真価が現れてきたような気がする。
一方のバイオリンは、はじめからハーモニカに近い濁った音なのは承知の上だったが、最近は足踏みオルガンのような音になっている。カントリーなどなら味があるが、きれいな曲には似合わない音だ。買って3年弱だが、このへんが限界なのかもしれない。

聞きかじりだが、木をつかった楽器の場合、安価な合板製は買ったときがピークで、だんだん音が悪くなるが、無垢材を使ったものは当初は音が出にくいが、正しい音程を出し続けていると徐々に音質が良くなる。そして名器と呼ばれるものは、そのピークが100年以上続くのだという。
バイオリン類ではないが、邦楽の鼓は新品は音が出ないので、稽古場に置いておいて、音が出るようになるまで弟子に順番に叩かせるのだそうだ。

以前から、ジャズやポピュラーにはバイオリンよりビオラの音域のほうが合うような気がしていたが、最近そういう動画が少しずつ増えてきたのが楽しみだ。

かっこいい年寄り

「かっこいい年寄りになりたい」と言った人がいる。なるほど、いい言葉だ。ボケたくない、キレる年寄りになりたくないと言うより、前向きだ。そういう心構えはぜひ見習いたい。

そこでかっこいい年寄りとは、どういう人物だろう。優しくて人生の知恵に満ちている、サンタクロースのような老人も良いが、毅然とした年寄りもいい。その点、池波正太郎の「剣客商売」の主人公、秋山小兵衛はかなりいい感じだ。年はとっても腕が立ち、頭もきれる。できの良い息子や嫁もいる。身の回りの世話をする若い娘に手をつけてたりするところも、なかなかのものである。

白土三平の「忍者武芸帳」に登場する下忍のオドは、子供時代に読んで、忘れることの出来ない、かっこいい年寄りだ。下忍のオドは歳を取って用済みにされるのを恐れて、若手と一緒に任務に出るが、いつも役目は、追手に追われたときに囮になって仲間を逃がすいわば捨て駒。が、そのたびに一人で里まで生還する。実は、仲間にも隠しているが、手裏剣術の達人だった。そのことが仲間にバレ、術を横取りしようとする上役を返り討ちにし、オドはそのまま抜け忍になる。
その後貧しい農民の子と出会い、その家の天井に隠れ住んで、大人に隠れて家の手伝いをするようになる。子供にしか見えないが家を守ってくれる。オドは座敷わらしとして、それまで経験しなかった平穏な暮らしを手に入れる。
そんな一家の村を、侍の一団が襲撃する。オドは一家を逃して一人でこれに立ち向かって撃退するが、自分も致命的な深手をおってしまう。そして、
「自分の一生も、最後になってめっぽう面白くなってきた」とつぶやいて倒れる。

小説やマンガに比べ、実在するかっこいい年寄りは悲しいかな数少ないが、近年の例では、福島原発事故の後、最前線での作業を買って出た、6人の定年退職した技術者は、まぎれもなくかっこいい年寄りだ。新陳代謝が不活発になった高齢者は、それだけ放射線の被害を受けにくいという理由だが、それはあくまで公式コメントだろう。
昔、この世代の原発技術者の方と話をしたことがある。いわく、自分は子供時代に長崎・広島の原爆の被害を知って、爆弾ではなく発電所を作ればいいのにと思った。その気持ちのまま勉強し、この仕事についたという。
高齢者の原発作業志願者はその後200人以上に増えている。直接自分が担当した施設ではないが、豊かな社会を夢見て頑張った原発事業が残念なことになり、そのつけを次代の若者に回すわけにはいかないという強い信念からの行動だと、私は信じている。

平成レトロ

いよいよ来年いっぱいで平成が終わってしまうらしい。まだまだ昭和っ気の残ってる人間としては、時代についていけるかどうかちょっと心配だ。
ところで、昭和レトロというと、いかにも昭和らしいモノやコトをいろいろ思い出すが、では次の元号になったら「平成レトロ」は何になるのだろう。平成になってからできたもの、始まったことで、今はブームの真っ最中だが、次の元号の時代にはなくなってしまうもの。これを考えてみた。

1.ニッポン最高ブーム
流石にやり過ぎだし、あきらかに仕込みの情報も多い。外国人観光客の評価が高いことや、日本製、日本発祥の商品が海外に普及していってるのは本当だろうと思うが、だからどうした、オレはラーメン屋じゃないしと言う程度の話だ。褒められて得意満面というのは、そもそも謙虚な日本人らしくなかったということになるだろう。

2.歩きスマホ
事故も多いので、近いうちに規制されてしまうかもしれない。または、歩きスマホがかっこ悪いというトレンドになるかもしれない。ゴーグル型で、景色の上に情報を書き出すディスプレイ端末が、もっと使いやすくなってスマホに代わるという可能性もある。

3.非婚、晩婚、少子化問題
新元号になったからといって、空前の結婚ブームが訪れ、ベビーブームが訪れるわけではない。が、考えてみるとこれほどどうでもいい問題はなかった。適齢期の人にすれば、全くもって余計なお世話である。多分に年寄りが自分の価値観を認めてもらいたくて問題化しただけ、なのである。

ザ・マン(1972年、米TVドラマ)

先日、ローグ・ワンの記事中で触れた、米の黒人俳優、ジェームズ・アール・ジョーンズ主演のTVドラマである。ジェームズ・アール・ジョーンズといえば、「ルーツ2」のアレックス・ヘイリー役やシュワルツェネッガーの出世作「コナン・ザ・グレート」の邪教の司祭など、存在感のある敵役・脇役を演じた名優で、アカデミー名誉賞を受賞している。主演作品として思い出すのは、TVドラマ「ザ・マン」である。

ドラマは冒頭、米大統領や主要な閣僚を乗せたエアフォース・ワンが、ヨーロッパ歴訪中に墜落して全員死亡。副大統領や両院議長まで犠牲になったことで、政府は大統領就任の序列を探って、上院臨時議長ダグラス・ディルマンに緊急の電話をかける。が、その電話を受けた本人は、黒人だった。
NHKの海外ドラマ枠を何気なく見ていた私は、あっ、と声を上げてしまった。オバマ氏が大統領を務めた今日では想像もつかないが、当時は、黒人大統領というのは極めて現実味のないことだった。この黒人大統領を演じたのがジェームズ・アール・ジョーンズだ。

当初ディルマンは、党内の有力者の指示に従って傀儡大統領を務めていたが、徐々に自分のカラーを出そうとして彼らと対立していく。また、有力な黒人運動家の不正を知り、糾弾しなければならなくなって、自分を支持する黒人層からも反発を受ける。そんな四面楚歌の中で、大統領としての信念を貫こうとする姿を好演していた。

現在この作品はレンタルにも置いてないし、彼のWIKIにも出演の記録がない。ポリティカル・サスペンスの傑作なだけに、残念だ。