札幌時計台

昭和38年、札幌市民憲章が発表された。当時小学生だった私は、前文の「わたしたちは時計台の鐘が鳴る札幌の市民です」という一節を読んで、「えっ、あんなものが?」と思った。当時は大きなビルはなく、いまよりもずっと目立つ建物ではあったが、それでも札幌のシンボルと思っていた人は、大人でも少なかったと思う。

今思えば、他に何かシンボルと言えるものがないので決まった、という感じがする。この辺が歴史のない街の悲しいところで、最初から富士山がそびえていたり、戦国大名の華麗な合戦絵巻が伝わっていたわけではない。とりあえずこれをシンボルということにしよう、と決めた感じだ。だがその後は、観光のシンボルとして露出しまくったため、今日では堂々たる市のシンボルである。なんだかマッチポンプではあるが、おかげで、たとえなんとなく始めたことでも、地域に広がり、全国に知られるようになるのだということを、肌身に感じることができた。ネットのように情報交換のルートを誰かに用意してもらわなくても、自分でレールを挽きながら大きなムーブメントを作り出すことだってできるのである。

ちなみに時計台は、牧歌的な風景ではなく、ビルの谷間にポツンとある。日本三大がっかり観光地にもなっている。確かに明治の木造建築としても、全国にはもっと立派な建物がたくさん残っている。それらに比べれば時計台は規模も小さく、簡素な建物にすぎない。だが、時計塔としては3階分の高さの設備で動かす、日本最大のものなのだ。全国には時計塔がついた大きな建物は多いが、機械部分は電気式か、ゼンマイ式でも、文字盤の裏側の機械部分は、みかん箱ほどの大きさしか無い。世界的に見ても、有名な時計塔の多くがギヤボックス部分を残して、動力をモーターに変えている。鳩時計のように、未だに吊り下げた重りを動力源にしているところは、ごく少ないはずだ。がっかり覚悟で見に行けば、それなりに感心してもらえるかもしれない。

7 thoughts on “札幌時計台

  • 7月 24, 2017 at 00:14
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    電波時計に代えれば,係の人もラクなんでしょうけどね。木造建築はいつかは朽ち果ててしまいますからダミーで同じ構造物を用意しておかなければいけませんね。ところで,札幌時計台は重要文化財?でしたか?。

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    • 7月 24, 2017 at 07:50
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      時計台は国の重要指定文化財でしたね。じゃあ規模、歴史、美術的に法隆寺と同格かとなると、気が引けますが。でも機械式時計塔というのは今はほとんどないそうです。大学の講堂や銀座の和光も、文字盤を残して電気式に取り替えてあるそうです。以前札幌時計台を守っていたのは、井上さんという時計職人で、ボランティアでした。毎日調整しなければならないので、ロンドンのビッグベンなどを見たいのだが、旅行ができない。一度だけ別な人にお願いして、立教大学の機械式の時計塔を見学に行ったら、そこの時計番の人に、「よく旅行の時間を取れましたね」と言われて、恥ずかしくなって飛んで帰って来たと言ってました。

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  • 7月 22, 2017 at 06:09
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    現在,札幌ファクトリーの東隣の「永山邸」が大掛かりな補修工事をやっていますね。札幌には軟石を使った建物が沢山あったのですが,街中からはすっかり消えてしまいましたね。小樽のように保存して再利用しながら観光資源とすればよかったのですが,1972年に開催された札幌冬季オリンピック前後から,近代化に走り過ぎた感がありますね。ヨーロッパのように石と木の文化をもっと残して欲しかったですね。

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    • 7月 22, 2017 at 16:16
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      小樽の観光協会で聞いた話ですが、日本が好景気の頃でも、小樽は景気の波に乗り切れず石造り倉庫や運河を撤去する費用がなく、放置するしかなかったのが良かったのだそうです。あの倉庫は構造上、木造家屋の外壁に軟石を貼り付けたもので、石積みではないとのこと。倉庫や市内の古い建物に使っている瓦は、北前船のバラストとして福井県で積み込んだものだそうです。

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  • 7月 22, 2017 at 06:03
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    北海道に来た当初に感じたのは,時計台や,近くにあった有島武夫の住居など洋館風の建物でした。つまり桑園あたりにも時計台のような板壁の家が沢山あったからです。僕はあの「ドイツ貼り」の板壁と,上にスライディングして開ける木製の窓が大好きでした。まるでヨーロッパの街のようでした。そんな建物を探して医大前に下宿しました。そして「いつか,あんな家を建てたい」と思うようになりました。そんな我が家は「ドイツ貼りの板壁」で,窓は木製サッシです。アルミに比べれば耐久性は劣りますが,あの時の念願が半分叶った訳です。板壁の色は何度も塗り替えましたが,その都度「札幌時計台の色」と指定しています。

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  • 7月 22, 2017 at 05:51
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    そうですか。時計台は裏から見た方が価値がありそうですね。一つ勉強になりました。それは電気仕掛けでもなく,機械式?つまり「からくり時計」のようなものなんですね。何でも電気の現代には珍しいとも言えますが,電気が消えても正確に動く訳ですね。こんな装置のものも,今の時代でも必要なのではないでしょうか。有事の際に通電が止められても困らないために。アナログ部分は残すべきかも知れませんね。

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    • 7月 22, 2017 at 16:23
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      しくみは三階建ての鳩時計ですね。「時計台の鐘が正午をお知らせします」と言うのは、どこのラジオ局だったか忘れましたが、あれは録音ではなくライブで流してました。古くて大掛かりな時計で1秒の狂いもなく時報を鳴らすのは大変だと、管理していた人は言ってました。

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