私の中の蝦夷共和国

これは気が付かなかった。「蝦夷共和国」の国旗と、現行の北海道旗がこんなに似ていたとは。蝦夷共和国は、慶応4年に榎本武揚が新撰組や伝習隊、彰義隊の残党を率いて函館に作った政府。五稜郭は、その政庁があった城郭だ。

これはもう似ているというレベルではなく、色づかいといい、七芒星といい、蝦夷共和国旗をもとにして北海道旗を作ったとしか思えない。道民はみんな知っていたのだろうか?これは、ネット上で見つけたものだが、日本語の情報があまりなく、かえって海外の「Ezo Republic」の旗という情報のほうが多いくらいなのだが、私が何か勘違いをしているのだろうか。

ともあれ我々道民は榎本武揚、土方歳三らの想いを、旗印に掲げて暮らす民だったようだ。これはなかなか、かっこいいぞ。60歳を過ぎるまで知らなかったのは内緒にして、これまで心中に秘めた思いを抱いて生きてきたことにしよう。そうしよう。

3 thoughts on “私の中の蝦夷共和国

  • 5月 23, 2018 at 18:44
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    その蝦夷共和国の国旗というのは、全くの偽物です。
    私は函館出身ですが、そのような旗は2007年以前は全く見たことも聞いたこともありませんでした。
    2007年に、海外の架空の国旗などを作るサイトで作られたものが、Wikipediaになぜかコピーされて、みんなが本物だとすっかり思い込んでいただけです。
    詳しくは以下のサイトをご覧ください。

    http://wikipediocracy.com/forum/viewtopic.php?f=8&t=7772

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  • 12月 1, 2017 at 19:20
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    新選組でしたか。坂本龍馬ファンには嫌われそうですが。旗印は全くパクリですね。誰がデザインしたのでしょうか。来年は「北海道命名150年」です。100年には開道100年なんて言って派手に100年記念塔など立てましたが、今ではそんな予算は無いので、道も民間に盛り上げてくださいと言う感じです。開道の言葉は今は使えません。先住民が居たわけですから。

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    • 12月 1, 2017 at 19:48
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      北海道の歴史は明治から始まったわけじゃなく、随分古くから経済的、人的に交流があったようです。そのまますみついた和人も多く、仲良くやっていたようです。交易で安物と貴重な資源を交換したというのも、インディアンの話をそのまま持ってきただけのようです。かなり大規模な交易経済拠点もがあったようです。単に明治以前の歴史をちゃんと書いてないだけですね。シャクシャインの戦いも、各部族が両軍に別れ、和人も同じように別れて戦いました。どちらも日本式の鎧兜を着込んで、鉄砲を打ち合ったのですから、要は戦国時代と同じだったようです。

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