宅ふぁいる便から個人情報流出

さて、厄介なことになった。先日来、ファイル送信サービスの「宅ふぁいる」から、個人情報が流出したという案内メールが来ている。漏洩した情報は、
氏名(ふりがな)、ログイン用メールアドレス、ログインパスワード、生年月日、性別、 職業・業種・職種、居住地の都道府県名、居住地の郵便番号、勤務先の都道府県名、勤務先の郵便番号、配偶者、子供
などだそうだ。最近のご時世では多少の個人情報が流出しても諦めるほかないが、問題はパスワードである。

誰かが自分になりすまして宅ふぁいる便のアカウントにアクセスしたところで、大きな問題ではないが、重要なサイトで使いまわしている可能性もある。私はかれこれ20年近くインターネットを利用しているが、当初のパスワード管理ははっきり言ってずさんだった。他人にはちょっと覚えにくい単語をさんざん使いまわしていた。近年はパスワード発生サービスで作った記号入りのややこしいのにして、使い回しはしていないが、そこそこ昔から使ってる宅ファイルのアカウント用パスワードが何だったかわからないのだ。おそらく気軽に試してみるつもりで、思いついたパスワードでアカウントを作り、そのまま長い間使ってきたのだろう。その際に、昔から使ってたパスワードを使いまわしてしまった可能性はある。重要なサイトのパスワードでなくても、流出すれば同じものを使ってるサイトやサービス、全てに影響があることを、あらためて思い知った。

Take me out to the ball game /私を野球に連れてって

Albert Von Tilzer(1878-1956)の作曲による、同名のミュージカル映画の主題歌である。フランク・シナトラ、ジーン・ケリーの主演で、日本未公開だが洋画劇場で放映されたことがある。

映画そのものより、ヤンキースの試合では7回にファンがこの歌を大合唱するのだと聞いて、アメリカの野球は楽しそうだなと思ったのを覚えている。スポーツの醍醐味はチームとファンが作り出すもので、スタジアムではない。


そこで思うのは、やはり日本ハムの新球場だ。これまで本拠地だった札幌ドームから、北広島市に専用ボールパークを作って移転するそうで、球団のニーズを受け止められなかった札幌ドームや、残留運動を盛り上げられなかった札幌市民は、少々肩身の狭い思いをしている。

だが、一市民としてはそれはそれで良かったと思っている。使用料の折り合いがつかなかったそうだが、市営交通の利用促進にこだわるあまり、駐車場の整備をしなかったのも感心しない。チームとファンがいればそこがスタジアムだが、どちらの声も聞いてくれないのなら、北広島市に連れて行かれても不思議ではない。ともあれ完成が楽しみでしかたがない。

運動不足と多すぎる制約

マンションで生活していると運動不足になりがちだ。戸建ての人が「今日は雪かきしてきたよ」というのを聞くと、楽で良かったという反面、多少疲れても雪かきで体を動かしてるほうが健康的なのではないかとも思う。だからといってランニングと称して目的もなく走り回ったり、疲れるために金を払ってジムへ行くというのも抵抗がある。

一方、管理人さんの仕事は大変だ。住民に高齢者が増えるにつれて、いわば介護的な雑用まで増えてきて、時間もおかまいなしに仕事が舞い込んでくる。その様子を見ていると、自分が庭の掃除程度の雑用を無償で手伝ったら、自分の運動不足解消と管理業務の負担削減の一石二鳥なのに、と考えることがある。
がこれは簡単なことではないのに気がついた。まず、私のほうはあくまで余った時間や気分転換にしか手伝えないので、作業要員としてあてにできないし、拘束されても困る。また、万一私が共有部分を汚損した場合、管理会社が責任を負えない。駐車場の車も同様である。私が作業中に具合でも悪くなった場合、自業自得ではあるものの、かえって迷惑をかけてしまう。また、多くの住民のなかには、作業が減った分管理費用を削減しろと言い出すのも出てくるかもしれない。そう思うと、管理組合、管理会社とも受け入れられないだろうなとは思う。

マンション生活者のための新しい生活改革として、メディアでキャンペーンを行ったり、それ用の保険商品を開発するなら、そこそこの話題作りにもなって面白いとは思う。だが、そういう大げさなことじゃなく、ほんのちょっとしたことを、思い付きだけで出来ないというのは、どうにも窮屈な感じがする。



ウィンストン・チャーチル

第二次大戦時のイギリス首相、チャーチルが行った、歴史を変えたと言われる3つの有名な演説をテーマにした映画だ。主演は名優ゲイリー・オールドマン。と知って、体格と顔の、余りの共通点の無さに驚いたが、それを乗り越えて見事にチャーチルを生み出し、アカデミー主演男優賞とメイクアップ賞を獲得した。

チャーチルは当時としても飛び抜けた主戦派で、第一次大戦では閣僚の座を辞してまで戦場で戦うことを選び、また、インドの独立を嫌ってガンジーを攻撃したほどの、徹底した帝国主義者でもあった。映画では彼が、ナチスドイツの猛攻を前に新首相に就任し、講和を求める前首相のチェンバレンを退け、イギリスに徹底抗戦の道を歩ませるという物語である。
山場は、講和か抗戦かで悩むチャーチルが初めて地下鉄に乗って、ナチスと戦おうという市民の思いに触れる場面と、さらに議会で抗戦を訴える演説で、野党を含む全員の喝采を浴びる場面だろう。現代の日本人からすれば、演説の巧みさで国民を殺し合いに駆り立てたかのようなストーリーに、違和感があるかもしれない。ヒトラーもチャーチルもどっこいどっこいじゃないか、というような。

少々映画からは離れるが、これにはヨーロッパの歴史が背景にある。国と国、領主と領主が長い間戦い続けていたヨーロッパでは、戦争に勝った者がすべてを得て、負けた者はすべてを差し出すことを繰り返してきた。つまり、敗戦国が再び繁栄を取り戻すためには、戦争を起こして勝つしかなかったのである。第一次大戦も同様で、敗戦国のドイツには莫大な賠償金が課せられたため、乱暴な言い方をすれば、困窮のどん底に突き落とされたドイツ国民は、ヒトラーでなくても、戦争に勝利させると約束する者の登場を待ってた状態だったのである。
勝者のイギリスからすれば、ドイツの軍門に下れば、自分たちがやったことをやり返されるわけだから、どんなひどいことになるかはっきりと理解していた。市民までが「奴隷にはならない」と叫ぶのは、文字通り奴隷にされる可能性があったからである。

第二次大戦後の連合国による戦後の世界体制づくりでは、この教訓が生かされた。日本ほか敗戦国に対する賠償金を放棄し、国際的な復興援助まで行われた。ここで人類は、敗戦による国の困窮から脱するために開戦するという、無意味な繰り返しから脱却したのである。チャーチルの演説が歴史を変えたというのは、そのことを指している。

李子柒/木製活版印刷

なんと今回のテーマは活版印刷。5分間の短い動画の中に、中国ならでは歴史や文化の情報がいろいろと詰め込まれていて面白い。最初に登場する扁額は、王という名工の住まいだった場所らしいのだが、誰のことかわからなかった。木の小片に文字を彫っていくのだが、今回のように活字として使い回さない場合は、浮世絵や高麗大蔵経のように、一枚の版木に彫り込んでしまうだろうとは思うが、そのへんは活版印刷を一部再現して見せたということかもしれない。なにしろ相手は活版印刷の祖、中国であるから、堂々とやられるとどこまでが演出かわからない。
木片にいきなり筆で裏文字を書き始めたのもちょっとびっくりだ。活字なので高さが揃わなくてはならないから、墨で書いて失敗すると、削って修正できない。仕上がりはきれいな明朝系の書体だが、もしかすると中国には、筆で裏文字を書きやすい書体があったのかもしれない。

刷りの際は、紙の一辺を折って、印刷でいうところの「トンボ」の代わりをさせている。漉き上がったまま縁が断裁されていない紙を使うのだから当然なのだが、こういうちょっとした部分のリアルな所作は、やったことのある人でないと脚本に書けない。まさかこの女性が知ってたとは思えないが

刷り上がったのは詩のような手紙で、現代中国の簡体文字ではなく古い漢字なので日本人にもなんとなく意味が伝わる。焚き火でお粥を炊いているところへ、野生の鶴が飛んで来てたのが、子供時代に一番好きだった光景だというような意味だろう。
ラストシーンは、これまた王という人物の祖先を祀った霊廟だそうである。一面の瓦屋根だが、棟を立ち上げる日本式と違って、なめらかなへの字型の瓦をかぶせる構造が、なんとも中国らしい。それにしても王って誰だろう?

追記
王というのが何者か調べてみたのだが、どうも元の時代の農業学者、王禎(おうてい)のことではないかと思う。山東省出身の篤農家で、1313年に近代農業以前の農法を集大成した「農書」全22巻を著した上、木活字3万字を作って出版したとある。食をテーマのひとつとするこの動画で、農業の大先達王禎の顰に倣って木活字を彫ってみたという動画なのだろう。単なるロハスなイメージのおしゃれ動画じゃないんだね...