ラ・ヴィ・アン・ローズ

言わずとしれたエディット・ピアフの代表曲「バラ色の人生」である。作曲はMarguerite Monnot(1903-1961)。ピアフの全盛期には生まれていなかったが、その後、様々なジャズやポピュラーのミュージシャンに取り上げられているため、親しみのある曲だ。新しい(?)ところでは、マドンナやレレディ・ガガなども歌っているが、今回はウィントン・マルサリス・クインテットで。最近再びトランペットを手にした、かつてのバンドマンの知人のために、ラテン・ジャズっぽいモダンな演奏を選んでみた。程よいミュートが木管楽器のような滑らかさで、アコーディオンの粋な音色とよくマッチしている。

Lady Be Good

ジョージ・ガーシュインの作曲。演奏はレイ・ブラウン・トリオと、レジーナ・カーター(バイオリン)という人。バイオリンでのジャズ演奏になじみのない人も多いだろう。プレイヤーがあまり多くないのと、ステファン・グラッペリというスウィング時代の大御所が、高齢まで現役で頑張っていたので、バイオリンでモダンジャズという印象が希薄なせいかもしれない。
ガーシュインは、ラプソディ・イン・ブルーで知られるアメリカを代表する作曲家で、クラシックから映画音楽まで幅広く手掛けた。この曲も違うプレイヤーの動画では、ゆったりしとたムード音楽っぽい演奏が多い。これは、歯切れのいいテンポにまとめてあり、モダンジャズバイオリンらしい、好演奏だと思う。

ネットっ子気質

5月である。

江戸っ子は皐月の鯉の吹き流し、口先ばかりではらわたはなし

という川柳がある。鯉のぼりが口はしっかりしてるが、胴体がカラッポなのと同じように、江戸っ子は威勢がよくて正義感が強いが実行する根性はないという、当時の人の自嘲だろう。この江戸っ子気質が、小さな悪も許さず、よってたかってサイトを炎上させてしてしまう、現代のネット住人とそっくりだという説がある。確かにネット世界は江戸時代と妙に重なるところがある。

まず、ネット上に氾濫する”萌え絵”。その昔、ファンタジー小説の表紙にはむくつけきマッチョ男や半裸のグラマー美女が描かれていて、私はそれを楽しみに本を選んでいたのだが(こんな感じ)、ある時から少女漫画のようになってしまった。一時的な流行だろうとたかをくくっていたが、企業や行政のCM、ポスターまで萌え絵になり、ついに日本文化の象徴になってしまった。昔懐かしい汗みどろ、血みどろの世界はもう帰ってこないのだとあきらめつつ、私は、ああ、これは「浮世絵」なんだと悟った。江戸時代にあの極端な糸目、うりざね、柳腰の女性が本当にいたわけではないのと同じように、現代の萌え絵のようにバカでかい目の人間がいるわけではない。どちらも美女の記号化なのだ。
江戸は幕府が置かれてから急速に開発が進んだ街だ。職人や侍がどっと押し寄せてきたので、圧倒的に女性が少なかった。結婚できる男は限られていて、その他の男は吉原や岡場所に通って疑似恋愛にふけった。浮世絵もまた、当時のバーチャルな二次元アイドルである。現代の日本は、東京こそやや男性が多いとは言うものの、ほぼ男女同率なのだが、結婚しない、できない若者が増えている。その心の隙間を埋めるのが、極端に「愛嬌」が強調された萌え絵なのだろう。江戸時代に芸術性など評価されなかった浮世絵が、世界に出ていって日本文化の象徴になったところまで同じだ。

そんな江戸っ子の世論の炎上に、幕府もずいぶん気を使っていたらしい。記者会見の態度が悪いと言う理由で、大会社が潰れてしまう現代と同じだ。赤穂浪士の討ち入りなど、どう考えてもテロだから当時のご法度でいえば獄門さらし首が順当だ。が、江戸っ子が寄ってたかって義士、忠義の誉れ、武士の鑑とはやしたてるものだから、大名家預かりの上切腹にせざるをえなくなってしまった。
最近の研究では、江戸時代に士農工商の身分階級などなかったと考えられている。確かに武士の力が絶対的なら、田沼意次や吉良上野介のような地位の高い武士の悪口が、現代まで伝わってるはずがない。斬新な経済活性化を行った田沼意次が汚職の代名詞になったり、徳川家以外での武家の最高の身分でありながら、面倒見の良い気さくな江戸っ子で、しかも元禄三大美男に数えられた吉良上野介が、悪の権化の憎々しげな爺いのように後世に伝えられてしまったのも、江戸っ子の炎上パワーだったのである。
現在でも時折、著名人やタレント、政治家や大企業が世論の袋叩きにあって、姿を消すことがある。中には、これは違うだろうなあと感じることもあるが、うっかり弁護などすると、こちらまで白い目で見られかねない。かくして今日も、火事と喧嘩はネットの華なのである。

完全なるシステム

以前スーパーで買い物をした時、売り場の値札とレシートの金額が違っていた。買い物が少なかったのですぐ気がついてレジ係のおばさんに言うと、おばさんは血相変えて売り場に走って行った。まあ当然だ。そして棚を見たが戻って来ず、そのままバックヤードに入っていった。まもなく白衣の若い男と一緒に出てきたがおばさんだけがレジに戻り、済まなそうに
「これは大小サイズがあって、プライスカードは売り切れた小サイズの値段だったんです」と言う。若い男は、たぶん売り場か商品のマネージャークラスなのだろうが、レジには寄らずにそのまま棚へ行ってしまった。私はウソをつかれてると感じたが
「そうだったんですか、かまいませんよ」とおばさんに言った。おばさんは何も言わなかったが、表情はかなり怒っていた。と、話はここまで。

帰ってからネット検索で、その商品のメーカーサイトを調べると、案の定、サイズ違いは作ってなかった。初めて見る商品だったので、テストマーケティングだったのだろう。テストマーケティングでサイズ違いなどは出さない。パッケージのコストがかかるし、データがややこしくなるからだ。もしかしたら日替わりで価格だけ変えて、反応を探ったのかもしれない。そこでレジで参照する商品マスターの価格だけ変えて、プライスカードの書き換えを忘れたというところか。この時売り場の写メでもとってあればよかったのかもしれないが、レジのおばさんの怒りを思ってそのままにした。
おばさんが怒ったのは、客をだましたこと。その役目をさせられたこと。さらに言えば、自分も家に帰ればおそらく主婦で、そういう目に合わされたら、絶対に黙ってはいないだろうということ。それなのに、見るからに善良そうな(?)老人をだます役割をさせられたのである。さぞかし腹が立ったことだろう。

一方、若きマネージャー君はなかなか優秀で、こういうゴマ化しは初めてではないはずだ。でなければ大小サイズがあった、などという練り込まれたウソはなかなか出てこない。
ここまででわかることは、まずレジ係に値札間違いに対応する権限が与えられてないということだ。単独小売店なら、
1.事情を説明して、正しい料金を払ってもらう
2.当店の間違いでしたと謝って、プライスカードとの差額を渡してその旨を記録する。
のどちらかだろうが、この店はPOSシステムにイレギュラーな対応を記録する仕様がないかもしれない。レジ係が値札間違いをでっち上げて、不正な値段で販売するかもしれないからか?ともかくシステム外の問題を一言で八方丸く収めた商品マネージャー君は、実に優秀だと言える。かくして、人間が絶対に間違いを起こさないことが前提というすさまじいシステムは、現場の努力でいつまでも温存される。

でも、コンプライアンス的に危なっかしいなあ。単に心得違いの店員がいるというより、システムがゴマ化しを奨励するような構造だから、またやらかすだろうし、私のような温厚な紳士(?)ばかりじゃないと思うけど。

宇宙からのライブ配信

今の時代だからこういうのがあって当然なのかもしれないが、おどろくべきことには変わりない。NASAがYOUTUBEで公開している、ISS(国際宇宙ステーション)からのリアルタイム映像である。普通の動画と違って、記事に埋め込むことはできないので、下記の画像や文字をクリックして見に行って欲しい。全画面で見ると迫力満点で、知ってる大陸の形を探しながらいつまでも見ていられる。だが、とつぜん飛行士の手袋が画面いっぱいに現れたのにはびっくりした。

https://www.youtube.com/watch?v=RtU_mdL2vBM