李子柒/木製活版印刷

なんと今回のテーマは活版印刷。5分間の短い動画の中に、中国ならでは歴史や文化の情報がいろいろと詰め込まれていて面白い。最初に登場する扁額は、王という名工の住まいだった場所らしいのだが、誰のことかわからなかった。木の小片に文字を彫っていくのだが、今回のように活字として使い回さない場合は、浮世絵や高麗大蔵経のように、一枚の版木に彫り込んでしまうだろうとは思うが、そのへんは活版印刷を一部再現して見せたということかもしれない。なにしろ相手は活版印刷の祖、中国であるから、堂々とやられるとどこまでが演出かわからない。
木片にいきなり筆で裏文字を書き始めたのもちょっとびっくりだ。活字なので高さが揃わなくてはならないから、墨で書いて失敗すると、削って修正できない。仕上がりはきれいな明朝系の書体だが、もしかすると中国には、筆で裏文字を書きやすい書体があったのかもしれない。

刷りの際は、紙の一辺を折って、印刷でいうところの「トンボ」の代わりをさせている。漉き上がったまま縁が断裁されていない紙を使うのだから当然なのだが、こういうちょっとした部分のリアルな所作は、やったことのある人でないと脚本に書けない。まさかこの女性が知ってたとは思えないが

刷り上がったのは詩のような手紙で、現代中国の簡体文字ではなく古い漢字なので日本人にもなんとなく意味が伝わる。焚き火でお粥を炊いているところへ、野生の鶴が飛んで来てたのが、子供時代に一番好きだった光景だというような意味だろう。
ラストシーンは、これまた王という人物の祖先を祀った霊廟だそうである。一面の瓦屋根だが、棟を立ち上げる日本式と違って、なめらかなへの字型の瓦をかぶせる構造が、なんとも中国らしい。それにしても王って誰だろう?

追記
王というのが何者か調べてみたのだが、どうも元の時代の農業学者、王禎(おうてい)のことではないかと思う。山東省出身の篤農家で、1313年に近代農業以前の農法を集大成した「農書」全22巻を著した上、木活字3万字を作って出版したとある。食をテーマのひとつとするこの動画で、農業の大先達王禎の顰に倣って木活字を彫ってみたという動画なのだろう。単なるロハスなイメージのおしゃれ動画じゃないんだね...

李子柒 麻婆豆腐

当サイトで、なぜか来場者の多い李子柒シリーズ。畑に行くシーンから始まったのでもしやと思っていたら、大豆を豆腐にする所から始まった。枝豆状態の大豆を収穫していたが、畑で乾燥する前に生で使うということなのだろう。出来上がったのは、なかなかお目にかかれないほど硬い豆腐だ。
このシリーズは不思議なところがあって、伝統的な中国の生活文化を紹介しているのだが、いつも出てくる家の立地がよくわからない。麻婆豆腐が出たからと言って四川省というわけではなく、山西省の手伸ばし麺を作ったりする。画面の隅に花や果実のなった枝が映ることが多いが、それも旬や産地がバラバラな感じがする。そういうものにとらわれない、オール中国の桃源郷をイメージしたのだろうか。

ネットを調べると、タイトルはリーズーチーと読むらしい。「染」のように見えた文字は「七」だそうだ。「李子柒」という人名だと思う。四川省の田舎に祖母と暮らす女性という設定だそうだ。田舎暮らしのスキルが身についているが、他の動画を見ると故宮博物院の一室で、研究者と薬膳について話し合ったり、都市部にある自室でこの動画を編集していたりと、おそろくべき多芸多才ぶりである。特に作業する手付きが堂に入ってるので、吹き替えかとも思って目を凝らすのだが、本人が演じている部分も多く、見分けがつかない。視聴数は膨大だが、わずか5分ほどの、スポンサータイアップのしようもない内容にここまでの手をかけて、どうやってペイしているのか不思議でならない。

李子柒

中国のvlogger李子柒(染か?)のvlogである。

中国の田舎の伝統的な暮らしと食を、vlogger自ら体験する様子を、音楽とライブ音で淡々と映し出していく。個人撮りという触れ込みだそうだが、もちろん脚本家、カメラ、スタイリスト、その他諸々のスタッフによる努力の結晶だ。

我々と同世代の中国人は、伝統的な生活文化はすべて遅れていて、近代的なもの西欧的なものこそが正しいという姿勢だった。むしろ自分が中国の伝統文化を擁護していたくらいだったのだ。社会が本当に近代化すれば、当然その反動で昔ながらの文化の良さが見直される。このvlogもそんな流れの中から生まれたのは分かるが、さすが中国4千年、一度伝統文化や地方に目を向ければ、無数の引き出しと奥行きがあることを見せつけられた。

いわゆるきれいなものだけを見せるのではなく、汚れたものも美しく映し出している。例えば、熟れすぎて地面に落ちたトマトを映したり、はじけてしまった実もそのまま収穫したり、土のカマドの周りに虫がうごめいていたり、使い込んで傷だらけのまな板に新品じゃない包丁をふるったりと、おそらく今の日本ではNGにしてしまう絵も堂々と見せる。
簡単なテロップ以外に説明はなく、作業も説明的ではなく所作の流れを見せる。こういうコンセプトだから、スポンサーのタイアップ商品が写り込んだりもしない。何気ない映像のために多くの予算と労力をかけているのがわかる。現代中国の豊かさを見せつけられているようだ。

またタレントがいい。媚びない美人すぎないペラペラしゃべらないのも好感が持てるが、作業に慣れている。スピードと力があり、作業と作業の間に流れがある。古い厨房や調理器具を使い慣れた主婦のように振る舞う様子は、映画でもなかなかお目にかかれない。練習と撮り直しを繰り返して、初めてできる映像だ。

日本が景気が良かった時代、あえて昔ながらのシンプルな生活文化を見直そうというコンセプトの雑誌記事やCMが作られた。素朴に見えるが、美術的価値のある調度や食器を使うなど、細部まで金をかけていた。すぐ真似できそうでいて、偽物や安物を使うと、単に貧乏たらしく見えるギリギリの世界観を追い求めていた。そんな時代のメディアを思い出す。やっぱり中国は景気がいいんだなあ。