李子柒終了

中国の片田舎で、伝統的な食品や工芸品を自作する美女。数千万アクセスを誇るブロガー「李子柒」シリーズは、このところ長らく更新がなかったが、9月に入って、YOUTUBEからいくつかの動画が消え、本編がおいてあった中国の動画配信サイト「微傅」では、アカウントごと消えていた。思えば昨年ころから更新が不規則になり、内容的にも鮮度が感じられない内容になってきていた。誰かに口出しされている感じがあったが、どうやら経営面で関わった企業との間でトラブルがあった模様だ。

「角を撓めて牛を殺す」(小さな欠点を無理に矯正しようとして、本体を損なってしまう)とは、他ならぬ中国のことわざだ。大人気ブロガーにいろいろな組織や資金が関わってくるのは当然だが、もうすこしうまくできなかったのかと思う。当サイトでもカテゴリー化してきたので、流行現象の栄枯盛衰が目の前で見られて興味深かったが、少々残念でもある。

個人ブログではよくこういう事がある。これがマスメディアだったら、まず大人同士の手打ちがあって、舞台裏で大変革が起こっていても表面的にはそしらぬ顔で継続されたり、目立たないように消滅させるが、個人の場合は突然消えたり更新がストップする。それが政治的な内容だったりすると、つい気がかりな想像をしてしまうこともある。なかなか生々しいが、そのへんも新しいメディアの醍醐味かもしれない。

本家の微傅ではアカウントごと消えたものの、YOUTUBEでは、なぜかほとんどの動画が残っている。これもいつまで持つかわからないが、幸か不幸か、パクリシリーズがよりどりみどりで、どれもなかなかの視聴数を稼いでいる。パクりとはいうものの、料理や工芸をやって見せなくてはならないので、内容はそれなりに悪くない。むしろ本家の初期の素朴な味わいが感じられるものもある。「偽 李子柒 」カテゴリーを作って紹介しようかと思うほどだ。

李子柒 / 塩

今回の李子柒は塩。

政治的な発言をしたり、誰かの入れ知恵なのか、急に総花的な内容に変わってきたりと、少々興ざめして最近あまり紹介しなかった本シリーズだが、今回は内陸部での塩製造が紹介されていて面白かった。原始的かつ大掛かりな井戸から塩水を組み上げ、煮詰めて塩を作っていた。内陸部の塩といえば岩塩だが、これは岩塩層を通ってきた地下水なのだろう。この場所は夙沙という地域らしいが、「夙(しゅく)」と言えば漫画カムイ伝に出てくる非人集落。中国語的には差別的要素がないのかもしれないが。

料理は、テーマが塩だけにピータンから炒めものまでいろいろ。まだちょっと手を広げすぎて以前の素朴さがない感じもするが、珍しい調理法も出てくる。最後に登場する”自動流しそうめん機”のようなものは、卓上の「曲水の宴」装置だそうだ。曲水の宴とは、昔の中国の貴族の間で流行った遊びで、流れる水の上に浮かべた盃が通り過ぎるまでに詩を詠み、盃に乗せて流すというもの。
古来中国では、書道が最高芸術であり、中でも最高峰と呼ばれる王羲之の蘭亭序は、その後の楷書や草書などの書体の発展のもととなった作品。その蘭亭序は、曲水の宴のために書かれたということだから、流しそうめんどころか、中国4千年の文化のエッセンスなのだが。確かに中国文化はすごいが、そういう大げさなものになぞらえるようなシリーズではなかったような気がする。しかもちょっと不便そうだ。

本シリーズの後追いで、ネット上には伝統工芸や料理文化をきれいな画面で紹介する動画が溢れていて、正直言うとそっちのほうが面白かったりする。だが、ここまで絶大な人気となったものが、今後どんなふうに衰退していくか、ちょっと意地の悪い楽しみはある。

李子柒 /桃花

今回の李子柒は桃の花。桃といえば中国を代表する花。造花の精密さや、漢服に合わせたかんざしに作り上げるなど、どこまでも中国の伝統美の世界である。


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なんと、2月以来の新作公開である。いろいろあって続けられなくなったかと、自分としては半ば終わったシリーズのつもりでいた。それでなくても、このところは表面的と言うか、ただのイメージビデオになってしまって、若い女性が鶏をしめたり、骨ごと肉を叩き切ったりするダイナミックさがなくなってきた。日本人が見ると少々乱暴だったり、不衛生にみえることも、地域に残る伝統的な生活文化なとして堂々と見せていたころの新鮮さが、もう感じられない。はじめてこのシリーズを観たときは、中国の若い感性と各地に残る伝統文化がマッチして、現代の日本では作ることのできない映像になっていると思ったものだが。おそらくエライさんが口を挟んできたのだろう。無駄なイメージカットが増え、全体が「年寄の考える美しい世界」と化してしまった。

だが、それもやむを得ないかもしれない。ジャッキー・チェンも政府よりの発言を繰り返して、香港市民からすっかり嫌われてしまったが、李子柒もジャッキーも学歴や血縁もなく、下層から自力で成功した人間だが、こういう人は日本と違って尊重されない。どんなにスターであっても、大衆に官製文化を周知させるための道具として扱われ、表現者としての自由など認められない。

今後新作がアップされたらどうしよう。紹介しないかもしれないし、代わりにまだここで扱ってない古いものを紹介するかもしれない。

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