永遠のインターネット

インターネットに一度公開された情報は、消えることがない。公的なサイトや大企業だけでなく、個人のブログも、すべてどこかに保存され、公開されている。そんな「アーカイブサイト」の一つがこれ。

https://web.archive.org/

使い方は上部の枠にURL入れると、そのサイトの更新カレンダーが出るので、日付をクリックすると、その日のすべての更新バージョン名が表示される。そこから見たいバージョンを選ぶ。
一例として、2000年3月10日5時47分に更新された、「yahoo! japan」のサイトが次の通り。
https://web.archive.org/web/20000301054711/http://www119.yahoo.co.jp/

当時のなつかしい画面が、ほぼそのままで表示される、場所によってはリンク先のページも保存されている。

このサイトではなんと、私自身が2001年から運営していたサイトも残っていた。画像は削除されていることが多いが、文章は当時のまま。自分のサーバーではとうに削除されたものだ。ここで紹介したいのだが、当時の風潮として個人情報や著作権にあまり注意を払っておらず、リンク先として紹介するだけでもはばかられるのでご容赦を。

さらに、本サイトもすでに保存されていた。
https://web.archive.org/web/20161031112218/http://oldbadboy.com/

Twitterやfacebookや、業者のブログサービスがどうなってるかはわからないが、少なくとも独自ドメインのサイトについては、文章だけは網羅されているようである。膨大な情報量だが、サーバーの容量もそれに輪をかけて大きくなっているので、自動的に収集する仕組みがある以上、今後とも収集・保存が続けられるのだろう。
そうなるとうかつなことは書けないが、一庶民であっても、本気で思ったこと、一生かかって知ったことなどは、ネットに上がれば永遠に消えることがない。遠い未来に、誰かがその一文に目を通すことも、大いに有り得るのだ。

日本文とスペース

最近、日本語の文章でも、単語の間にスペースを入れたものを見かけるようになってきた。これには論議があるようだが、私は大賛成だ。最初に見たのは英会話教室を経営してる知人のブログで、英語を書く要領で、自然にスペースを入れたのだろう。スペースは日本語の文法としては間違いらしいが、一方、言語学者のなかでも、スペースのないことが日本語最大の欠陥と言う人もいる。

ネット上で日本語スペース反対派の主な意見は、見苦しい、漢字が混ざるので意味がわかるはずだというもの。「てにをは」の助詞が豊富にあるからスペースは不要なはずというのもあったが、これは意味不明で、むしろひらがなが増えて読みにくくなるからスペースを入れたくなるというべきだろう。

ルールだからだめなものはだめ、ビジネス文章では禁止という意見も多いが、これもどうだろう。ビジネス文章は正しい文法のほうが無難ではあるが、そうでなければならないというルールもない。だから私はわざと文法違反をすることもある。例えば「おこなった」という場合、「行」に活用語尾の「った」だけつける「行った」が正しいのだが、「おこなった」なのか「いった」なのかわからない。この文部省(当時)のお達しが出た際に 非常に疑問に感じ、それ以降も努めて「行なった」と書いてきたが、特に問題はなかった。

グラフィックデザインの場合は、見た目優先でスペースを入れることもあるという意見もあったが、これも「?」である。コンマ何ミリの単位で全ての文字の間隔を調整することすらあるくらいだから、スペースどころの話ではない。
もともと日本文は白紙に筆で書くものだったので、文字の縦横全てのスペースを自由に使った。同じ文字が別の場所で倍ほどの大きさになってても許された。そもそも和歌や俳句などの美しい日本文は、句読点ではなくスペースで意味をはっきりさせてきた。落語ではないが、

今日ここのへ に にほひぬるかな

今日 ここの へに にほひぬるかな

この2つは、スペースで分けなければ意味がおかしくなってしまう。

日本語にスペースの概念が出てきたのは、活字が登場してから。それもワープロが普及してからのことだと思う。文字のサイズも複雑さもおかまいなしに 同じサイズの枠の中に詰め込んで、漫然と並べざるを得なくなったのだから、見やすさのためにスパースくらい許されてもかまわないだろうと思う。そもそもワープロフォントでは、私の本名の漢字は画数が多くて全ての線を描ききれずに、なんちゃって漢字になっている。文法以前の大間違いだが、生きた言語というのはそういうものだろうと、あきらめている。
長年の習慣なので自分ではスペースは使わないが、これは誰かスペース使いの名文筆家が登場が登場して、お手本を見せてほしいと思う。

上半身漫画

(下半身漫画というと、なんとなくいかがわしい..)

それはともかく、今はチェーン化した喫茶店が多いが、昔は個人経営の軽食喫茶が多く、漫画週刊誌を置いているところが多かった。週イチで昼食に通えば、主要な連載漫画はだいたい網羅して目を通せた。
漫画もデッサンが重要なのは言うまでもないが、特に人間の上半身だけ描くのと、腰から下も含めたポーズまで描くのとでは、難しさがぜんぜん違う。ところがいつからか青年誌では登場人物の上半身しか描かず、右を見る人と左を見る人のフキダシの文章だけで話が進むようなのが増えた。ビジネスもの、グルメものなどにこの傾向が強い。特にサラリーマンなら毎回同じ背広姿でOKなので、以前に描いたものを転写しただけだろうなと思っていた。多分今ならPCにストックしたものを貼り付けてるだけだろう。

いたずらで作ってみたのだが、この作業、けっこう面白い。
絵はかの有名な「いらすとや」さんから拝借

これが少年漫画だとそうはいかない。例えばプロレスラーが「必殺技をかけようとしたが見透かされ、反対に関節技を食らってしまった」までのいきさつを、何が起きてるか分かるように描かなければならない。「うぬぬ。肘をとるつもりだったが、逆に肩をキメられてしまった!」などと、顔とセリフだけで済ませるわけにはいかないのだ。そのへんが気になりだしてから、青年誌は見なくなった。ちょうど漫画を置く軽食喫茶が減っていった時期でもある。