KAMADO/海外が本場になってしまった日本の道具

youtubeを見ていて、「えっ、これはアレじゃないの?」と言いそうになった。名前は分からないが、古い燃料店においてあったアレ。調べると、「蒸しかまど」という名前で、羽釜がすっぽり入るようになっていて、中に木炭を入れてご飯を炊く道具だった。狭い厨房でも炭火でご飯が炊けるということで、寿司屋で使う道具だったらしいが、今ではそういう店もなくなったそうだ。

ところがアメリカでは、「KAMADO」の名前で、バーベキューの道具としてなかなか人気らしい。日本の蒸しかまどは製造中止だそうだが、アメリカにはKAMADOのメーカーが何社かあるようで、赤や緑の色や表面の凹凸など、名前以外にも蒸しかまどのDNAがはっきり見て取れる。

おそらく戦後、米軍などの家族でやってきたアメリカ人が、日本で手に入らない蓋付きバーベキューグリルの代わりに使いだしたのだろう。アメリカ人は、なにがなんでも庭でバーベキューをしなければならないようで、子供の教育にも関わることのようだから。そして使い勝手が良かったのか、使い込んだバーベキューセットに特別な愛着を持つのか、なんとか本国に持ち帰った。というようなストーリーが目に見えるようだ。

何しろ本場のアメリカ人が良いというのだから、これはもうご飯ではなくバーベキューの道具になってしまったのだ。色や形からして、もしかしたら日本へも中国から渡ってきたのかなとも思うが、いずれにせよ、今はアメリカに市民権があるようだ。それにしても、使わなくなろうが忘れられようが、一度生まれた生活文化というのはそう簡単に消えたりしないのだなあと感心した。

ブログタイトルのパクり詐欺

ちょっと変わった詐欺を見つけた。

ある時、ブログを書いている知人が、自分で書いたひとつの記事のタイトルそのものを検索した。検索結果の一覧からサイトへ飛ぶと、そこはアダルト動画を紹介した、似ても似つかないサイトだった。誰かが知人のブログのタイトルを勝手にコピーし、アダルトサイトのページを作ったらしい。

記事タイトルはある程度長さがある文字列で、他人が偶然全く同じ言葉を検索するとは考えにくいから、犯人の狙いはブログの管理者である。検索結果に違和感があれば、かえって確かめてみたくなるのが人情だ。知人もそこをつかれてサイトにアクセスしてしまったが、幸いウィルス等の感染はなかった。いろいろなブログサイトを巡回し、自動的にタイトルを拾ってきて、既存のページに取り付けるプログラムを書くのは、技術的にはそれほど難しくない。そういうプログラムの接触を拒否することはできるが、Googleなどの検索エンジンが新しい記事を拾って登録するしくみまで拒否することになるので、使うわけにもいかない。

スパイ映画にあるように、高度な技術を駆使して侵入してくるハッカーやウィルスも怖いが、ほんとうに怖いのは頭と言葉を使った人間の詐欺だ。悪だくみという点では、まだまだ人工知能は人間に及ばないようだ。

乙巳の変(いっしの変/おっしの変)

日本が飛鳥時代だった645年、中大兄皇子と中臣鎌足が、当時天皇をもしのぐ権勢を誇っていた蘇我入鹿を暗殺するという事件が起きた。これを乙巳の変(いっしのへん/おっしのへん)という。

あれ、それって「大化の改新」じゃないの?645年という年号も覚えている人も少なくない、いわば常識中の常識だが、今は違うのだそうだ。大化の改新とは、646年以降に中大兄皇子が行った政治改革のことを指し、645年のクーデターは乙巳の変というふうに、学校でも習ってるそうだ。ちなみに、「乙巳」というのは「ひのえうま」などと同じ十干十二支による年号の呼び方で、「きのとみ」へび年であったという意味。同じ言い方で言えば、今年2018年は「戊戌(ぼじゅつ/つちのえいぬ)」。

なんとなく人生のうちの数十年間を、ちょっとだけ棒に振ったような気分だが、この際覚えることにした。今さら何の役にも立たないだろうし、明日には忘れてるかもしれないが、忘れたら調べ直してでも、古い脳みそに新風を吹き込もうと思う。

石の上にも三周年

早いもので、激安バイオリンを買ってこのブログを開始して3年が経った。とうてい上達したとは思えないが、当時の自分が聞いたら、バイオリンを弾ける人だと勘違いしたかもしれない、というほどにはなったと思う。わずか8千円の激安バイオリンは流石にひどい音になってきたので、3周年を機に新しいものを手に入れた。だが、激安も十分役に立ったと思う。

60歳を過ぎて楽器を始める人は少ないかもしれない。そういう人は若い頃に何かしら経験がある人で、全くの初心者というのは珍しいのかもしれない。とはいえ、これまで楽器に無縁だった高齢者でも、興味が無いわけではないようだ。私がバイオリンを始めたというと興味を持つ人が多い。また、音楽が嫌いという人もほとんどおらず、たいてい好きなジャンルやファンのアーチストがいる。だったら、その音楽を自分でやればと思うのだが。
私のバイオリンは我流だ。ちゃんと弾ける人が見たら音以前に、だめなところがいっぱいあるはずだ。今の所誰かに披露する機会はないが、もしあるとすればきっとボロクソに言われるだろう。それでやる気を無くしてしまうかもしれない。でも「バイオリンプレイヤーを目指したが、才能の限界を感じて挫折した」なんて、むしろかっこいい。「青春」とか、「若気の至り」という感じがするぞ。ふふふ...。

天皇陛下は車の運転がお好きで、古くなった庶民的な車で、時折皇居の中でだけ運転を楽しまれると聞く。恐れ多い例えだが、私のバイオリンも、そんな感じで弾ければいいなと思う。年をとると、これからやることや起きる出来事のすべてが、一生に関わる事柄となる。いや、これは子どもの頃だって同じで、日々何をするか、何が起きるかは実は全部一生の問題だったのだ。そのへんはもっと早く気がついていれば良かったのかもしれないが...。ともあれ私にとっては、バイオリンを弾ける爺さんで死ぬか、ただの爺さんで死ぬかは、大きな違いだ。

サイレントパニック

北海道大停電に見舞われ、ほとんどの道民が闇の中で眠れない夜を過ごした。まだ復旧していない場所もあるので恐縮だが、自分の家は電気が復旧し、いつもと変わらない日々が始まったはずだったのだが、自分もそうだが周囲の人も、なんだか物忘れをしたり無気力に時間を過ごすことがあるという。建物が崩壊したわけでもなく、水も食料もそれなりにあってほんの数日我慢すればいいという被災としてはごく軽微なものだったにもかかわらず、精神にはなにがしかの影響を与えていたらしい。

あわてて何かをやらかしたり泣きわめいたりするわけではなく、むしろ普段以上に静かにじっとしていたのだが、周囲の変化に頭がついていけない、静かなパニックが起こっていたのではないかと思う。また、そんな風に感覚が鈍っていてくれないと、余震が来るたびに身構えていてはストレスでおかしくなってりまっただろう。その感覚の鈍った状態が、今でも少し続いているのだと思う。

それなら、ということでバナナを食べようと思う。アメリカの特殊部隊では、戦闘から戻ってくるとバナナを食べ、眠くなくても寝かされる。いつ敵がおそってくるかという緊張感と肉体疲労によるストレスには、バナナの成分が有効なのだそうだ。