雪まつりが来る!

2月5日から、札幌雪まつりが始まる。忘れもしない2年前、札幌市は雪まつりをきっかけに、全国にさきがけてコロナ感染が拡大した。昨年は流石に中止になったが、今年は大通り会場だけではあるが、開催するそうだ。これは怖いことだが、何が怖いと言って自分の心が怖い。2年前の同時期に比べ、明らかに油断しているのがわかる。食料を買い込んでなるべく家から出ないように、どこにも直接さわらないように、買い物は人のいない時間帯を狙って、というようにすべてに怯えて暮らしていた、あのころの緊張感や恐怖心が全く戻ってこないのだ。

昨年後半は感染者が激減し、またオミクロンの症状が軽いなど、安心したくなる情報も多いが、現在(1/8)すでに、感染者数が2年前の水準を超えている。そして、当時は通行人もみな緊張感を持っていたと思うが、現在はやはり自分同様、油断しているのは間違いない。そんなふうにお膳だてが整ったところへ、雪まつりがやってくるのである。

「オミクロンが軽症とか言っても、やはりコロナは怖い病気だった。感染力の強さを考えれば、むしろ2年前の何倍もの緊張感をもって暮らすべきだった」
そんなふうな後悔はしたくないものである。

元祖テレビゲーム世代

頭を一度リセットして、昔のファミコンゲームを何の予備知識もなしで遊べたら、どんなに面白いだろうと言った人がいた。ファミコンが発売されたのは1987年だったが、当時としては高いおもちゃだったので、親に買ってもらえた子供もそう多くはなかったはずだし、家庭があったり責任ある立場の大人はこんなものに興味がなかった。こういうものが自由に買えたのは、その中間、独身で未婚の社会人であり、ちょうど我々がそれにあたる。

その後の世代、親に買ってもらえずに成人した子供は、反動で熱狂的なテレビゲーム世代になったが、そのころにはマンガやアニメ、攻略本など、ゲーム情報は反乱していた。まっさらの状態でゲームをやる贅沢が味わえたのは、結局我々の世代だけだったかもしれない。
だからRPGと言われても、何をするゲームだかよくわからないままドラクエを始めた。スライム1匹あたりから受ける被害と残りHPを絶えず暗算しながら、慎重に一歩ずつ歩いた。そしてレベルアップがあり、HPも増えてそろそろもう少し遠くへ行こうとしたところへ、スライムではない大型のモンスターが現れたのである。
「そういうゲームなのか!」その後待ち受ける運命に、残りHPを横目で見ながら逃げようか戦おうか頭をフル回転させたものである。あれは決して遊び気分ではなかった。そしてラストバトル。倒したはずのラスボスが正体を現して巨大化し、半パニック状態の主人公を、コンテンパンに叩き伏せてしまった。今ならお約束もお約束、桜吹雪か印籠かというくらいの古典的演出だが、そのときは本当に驚いたものだ。
当時のゲームは、ある程度大人向けのおもちゃだったのかもしれない。常軌を逸したほど反射神経をすり減らすゲームもあったし、ドラクエ2では、今なら社会問題になりそうなほど底意地の悪い謎がしかけてあったりした。

最後にテレビゲームをしたのは何年前か、思い出せない。子供がゲーム世代になったころ、いろいろ教わりながらやったのが最後じゃないかと思う。グラフィックもストーリーも、格段に素晴らしくなっていてワクワクしてとりかかったのだが、いかんせん集中力が足りなくなっていた。その頃に、昔のゲーム仲間と「自分は現役だ」とか「引退かな」などと話し合った覚えがある。

日本人は、勝因がわからないほど静かにしぶとく戦うのである

餅考

年々正月らしさが感じられなくなってきた。歌合戦もおせちも、もともと好きというわけではなかったせいもある。が、餅は別で、雑煮でもキナコ餅でも大歓迎なのだが、年中食べたい時に切り餅を買ってしまうので、やはり正月らしさが希薄になってきた。つまり正月らしさがないのは、自業自得ではある。

子供のころでも、餅つきは珍しかったが、臼や杵のある家や、腕に覚えのある人が大勢いたので、誰かが声をかければすぐ餅つきイベントはできた。また普通の家では餅屋で買うか、もち米を持ち込んで搗いてもらう「ちん餅」を利用していた。
その後電動餅つき機が発売されたが、これはかなりのヒット商品で、特に年寄り世帯では年中餅が食べられると言って、こぞって買っていた。当時の家電は、テレビ、冷蔵庫、電子レンジと、新しく登場した製品を買えばその分必ずといっていいほど生活が向上する、夢のある商品だった。
餅つき機は我が家にもあったが、仕上がりやややキメが粗く、水っぽかったので、道産米のせいか所詮機械の限界かと思っていた。ところが年寄りが使うと、杵つきと遜色のないものができあがる。含水時間やつきあげ時間などを工夫したのだという。長年餅に慣れ親しんできただけに要求水準が高く、弘法筆を選ばずということになったようだ。
そしてパック詰め切り餅が発売されたのは、それよりもさらに後のことである。餅つき機のほうが開発が難しそうだが、適切な湿度などを保つパッケージが難しかったらしい。これも当初は年末商品だったが、今では年中買える。朝食はトーストにしようか、餅にしようかという手軽さだ。

そこでもし自分が、「餅は正月だけしか食べてはならぬ。このこと代々申し伝え、ゆめゆめ違うことなかれ」と遺言したらどうだろう。先祖(自分)は恨まれるかもしれないが、子孫はさぞかし正月が楽しみになるだろう。また、(自分同様)罰当たりがいて、いいつけに背いて餅を食べたら、それこそ禁断・背徳の味で、これまたさぞかし旨いだろうと思う。

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