サイレントパニック

北海道大停電に見舞われ、ほとんどの道民が闇の中で眠れない夜を過ごした。まだ復旧していない場所もあるので恐縮だが、自分の家は電気が復旧し、いつもと変わらない日々が始まったはずだったのだが、自分もそうだが周囲の人も、なんだか物忘れをしたり無気力に時間を過ごすことがあるという。建物が崩壊したわけでもなく、水も食料もそれなりにあってほんの数日我慢すればいいという被災としてはごく軽微なものだったにもかかわらず、精神にはなにがしかの影響を与えていたらしい。

あわてて何かをやらかしたり泣きわめいたりするわけではなく、むしろ普段以上に静かにじっとしていたのだが、周囲の変化に頭がついていけない、静かなパニックが起こっていたのではないかと思う。また、そんな風に感覚が鈍っていてくれないと、余震が来るたびに身構えていてはストレスでおかしくなってりまっただろう。その感覚の鈍った状態が、今でも少し続いているのだと思う。

それなら、ということでバナナを食べようと思う。アメリカの特殊部隊では、戦闘から戻ってくるとバナナを食べ、眠くなくても寝かされる。いつ敵がおそってくるかという緊張感と肉体疲労によるストレスには、バナナの成分が有効なのだそうだ。

Parker Solar Probeの飛行予定図

Parker Solar Probeは、2025年までの間に何度も太陽に接近してその情報を送信する。

http://parkersolarprobe.jhuapl.edu/The-Mission/index.php#Where-Is-PSP

最初の図は太陽系で、一番外側の白い円は地球の軌道、次の円は金星、一番小さい円は水星の軌道で、真ん中の黄色い点が太陽である。赤い楕円はParker Solar Probeのこれからの軌道で、今までの軌道が緑色の線で表されている。地球から離れてまもなく金星に接近し、その重力で速度を落として太陽に近づく軌道に乗る。

2番目の図は、Parker Solar Probeの太陽からの距離の変化を示したもので、発射から2500日後までの間に24回、年に3回程度太陽に接近する。

北海道大停電!

たった今電気が復旧!

マンションなので水までストップし、かなり往生した。一旦止めた発電機を回すには、他から相当大きな電力を持ってこなければならず、東北大震災以降、老朽施設までフル稼働させていた中で、そのための電力の調達ができなかったことも、復旧の遅れの原因らしい。

ともあれ静かな夜だった。いっそ夜の街に繰り出し、「バイオリンの調べで人々の不安を癒やす謎の老紳士」を演じてみようかと思ったが、悲しいかな今の自分では腕がおぼつかない。北海道の電力事情の根本的な問題は先送りされただけというから、次の機会をめざしてさらに腕を磨こうと誓うのであった。

ちなみに1977年のニューヨーク大停電の後、出生率が上昇したというから、これで北海道の少子化問題もいくらか緩和されるかもしれない。

マムゼル

マムゼル(Mam’selle)とはマドモアゼルのこと。作曲は、Edmund Goulding (1891-1959)、映画「グランドホテル」の監督として映画史に名を残す、名監督でもある。この映画の影響を受けて、「グランドホテル形式」と呼ばれる、多くの映画が生まれた。
特定の主人公がいるというよりは、偶然一箇所に集まることになった人々が、それぞれの隠された事情に突き動かされて人生模様を描いていく。私がこの言葉を初めて知ったのは、映画「タワーリング・インフェルノ」の解説だ。その後も、空港や客船など、舞台を変えてグランドホテル形式の映画、多くはパニック映画が製作された。
マムゼルの曲自体は、かろうじてああこれかと思い出す程度だが、美しく聞きやすい、これぞポピュラー・ミュージックというメロディで、今聞いても古さを感じない。

演奏のBeegie Adiarは、以前もAs Time Goes Byで登場した、80歳のジャズピアニスト。一体何回同じ曲を弾いたのだろうと思わせるほど安心感のある演奏である。また、年齢のせいか、古い曲も自然に取り上げているので、パブリック・ドメインの名曲揃いなのも嬉しい。

 

バッハからロックへ / Chrstian Howsのアレンジメント

以前にも紹介したChrstian Hows氏が、バッハのパルティータ2番を、バイオリンの独奏からジャズ、ロックふうにアレンジしてゆく作品。バイオリンに手拍子とエレキベース、カホン(箱型の、フラメンコの打楽器)が入ってきてジャズ風になり、カホンがドラムセットに変わって、バイオリンがエレクトリック・バイオリンになって、ロック風のアレンジになっていく。これだけの編曲は簡単なことではないらしく、メールでは着想を得たところから、プロジェクトの経緯が説明されていた。個人的には、エレクトリック・バイオリンがロックのエレキギターのように使われているのが興味深かった。ロックでは、ギターの余韻を電子的に長く引き伸ばして、まるでバイオリンのように長い音符を弾く奏法があるが、ここではバイオリンでその味台を出している。本家帰りのようなものだ。また、生のバイオリンでは、さすがにドラムセットなどと共演は難しいことから、これからはエレクトリック・バイオリンの活用が重要なのだと思う。
Hows氏に限らず、技術者、クリエイターが、ユーザーと直接メールを交換し、ネットでつないでパフォーマンスや指導を行い、それを動画で公開するというのは最近の傾向だ。企業が、ウェブサイトを開設しただけで新しい顧客が手に入る時代ではなくなったことがよくわかる。

そういえばバッハもパブリック・ドメインだ。クラシックの名曲は、自由に演奏できる曲の宝庫かもしれない。Hows氏も、バッハは即興を大切にした作曲家で、もし現代に活きていたら、古い演奏をなぞるだけでなく、新しい楽器やジャンルをどんどん取り入れていたに違いない、音楽家はクリエイティブでなければならないと言っていた。まあ、上手になれば、そういう事もできるという話だが...。