メルヘン

現代社会では、多くの企業が、犯罪ではないが決して消費者に知られてはならない禁断のマーケティング手法を実践している。という話をよく聞く。本当かどうか確かめようがないので、とりあえず「都市伝説」だということにして紹介してみたい。

これは当社の話。随分昔のことなので時効だ。

FAXがあらゆる会社に行き渡った頃、「時代を見つめるxxxマガジン」というFAX定期刊行をはじめた。そういう使い方が他になかったので顧客でも珍しがられ、届いたらトップの机に置くように言われるようになった。その中である時「メルヘン」をテーマに、何回か特集をした。
その後行われた顧客への競合プレゼンテーションでの、当社のコンセプトはもちろんメルヘン。たあいもない手法だが、名だたる大企業を相手に、分不相応に大きな仕事を勝ち得た。そのマガジンはその顧客にしか送っていなかったこと、Eメールが普及したころに同じ手口を使ったことは内緒だ。

社会の裏側で語り伝えられる都市伝説。信じる、信じないはあなたしだいだ。

Someday My Prince Will Come. (いつか王子様が)

フランク・チャーチル(1901-1942)が作曲した、ディズニー映画「白雪姫」の主題歌。この曲を取り上げているジャズメンといえば、やはりビル・エヴァンスだろうということで。特に日本人に人気のピアニストだが、ここに登場するのは初めてだった。ベースがエディ・ゴメス、ドラムがマーティ・モレルという、ビル・エヴァンス・トリオとして、一番長く活動したメンバーである。近年新しい音源が発見されるのも、このメンバーのものが多いそうだ。いつの、どういう場所での演奏かはわからないが、アルバムテイクではないような気がする。そのへんは聴き込んだ人にはすぐわかるのだろうが。
古い時代のものとはいえ、こうしてフィルムが残ってさえいれば、youtubeで見ることができる。当然演奏活動はレコードだけではないのだが、昔はそれくらいしか接する機会がなかった。今ならプレイヤーによっては、アルバムに収録されている以上の数の、それまで知らなかった演奏に触れることができる。全くありがたい時代になったものだと思う。

関寛斎(せきかんさい)

北海道は歴史が浅い。実際は古代から人間の営みは続いていたのだが、紹介されていない。だから幕軍の敗残兵や囚人や、食い詰め者が集まってできたように言われても、すぐ反論できないのだが、実際は明治の激動期に流されることなく、前向きに生きようとした、傑出した人物が無数に集まってできた場所である。だからそういう人物の足跡に、突然出くわすことがある。

関寛斎は、明治時代、道東の陸別の原野に移住し、町の基礎を築いた人物である。文政13年(1830年)に千葉県に生まれ、蘭方の医学塾であった順天堂に学んだ後、長崎に留学し、オランダ人医師から最新の医学を学んだ後鍋島藩の御殿医、官軍の軍医長などを務めた。特に戊辰戦争では、官軍・賊軍の別なく治療にあたり、軍医総監や男爵の地位も夢ではない名声を得たが、これらを捨てて徳島で30年間地域医療に貢献した。種痘を普及させるなど、関大明神とまで言われていたが、一念発起して全財産をはたいて、72歳で陸別の原野に入植した。

陸別は「日本最低気温の町」として知られている。その過酷な環境で、関は農場、牧場を経営。10年かけて陸別の町の基礎を築き上げたが、82歳で服毒自殺した。原因は農地を開放するという理想が、家族に受け入れられなかったことなどだとも言われている。関の医学思想は「養生」(健康管理と予防)、「運動」、「医療」(科学的な対処)のバランスを重視するという、現代の保健に通じる先進的なものだったという。

純粋すぎた人物だったのかもしれないが、82歳まで健康で精力的で、さらに純粋とくれば文句のつけようのない人生だと思う。こういう人物がいたというだけで、北海道は根性なしの食い詰め者の吹き溜まりなどではなく、熱い魂を惹きつけてやまない土地なのだと言いたい。

音痴

世の中に、真の音痴という人はいないのではないかと思う。歌の下手な人はいるが、音楽が好きで良く聞いてる人は多い。そういう人も、石川さゆりとサッチモを、ちゃんと聞き分けられているはずだ。だから自称音痴の人も、頭の中では正確な音楽が鳴り響いていて、単に歌う訓練ができてないだけだと思う。もし、自分の歌うひどい歌と同じようなものが聞こえているなら、そんな曲は好きにならないだろう。上手い下手は、音感やリズム感というより、練習量の違いだけ。それもきちんと習わなくても、カラオケや日常の鼻歌程度でそこそこうまくなるのではないだろうか。

楽器の演奏も似たようなもので、プロになるならともかく、自己流でも自分で満足がいくレベルまではいけるんじゃないか、そうならいいなと思っている。歌で言えば、カラオケで場をぶちこわしにせず、社交辞令の拍手をもらえるレベルだ。むしろ、なんとか先生に何年習ったという、妙に本格的なキラキラ星を聞かされても、周囲が困るだろう。
途中つっえようが、テンポを外そうが、勢いと愛嬌で押し通し、手拍子でももらってしゃにむに盛り上げる。そんな訳あり商品のような演奏ができれば十分だと思ってる。

親鳥

肉の卸業者が土曜日だけ開催する一般向けのセールで、丸の「親鳥」を手に入れた。スーパーなどで売っている「若鶏」は生後50日ほど飼育して出荷したものだが、親鳥はさらに長期間飼育して、卵を産ませたもの。ひね鶏とも言われる。若鶏は身が柔らかくクセはないが、親鳥の身はずっと歯ごたえがあり、色も味もはるかに濃い。若鶏はちょっと長く煮込むとバサバサで味がなくなってしまうが、親鳥は弾力と味わいが残る。今回は丸のまま1時間ほど蒸してほぐしてみたが、噛めば噛むほど味が出てきた。

いわゆるブロイラーの丸鶏も使うことがあるが、親鳥のほうが大きいということはない。重さはどちらも1キロ前後だが、親鳥は足が長く、全体的にスリムだ。逆に若鶏が、わずか50日前後で、ブクブクに太らされているということだろう。

ちなみに鶏は、我々の食用の鶏卵を産ませる種類と、ブロイラーの鶏肉を取る品種はぜんぜん違うらしい。だから親鳥に卵を産ませたと言っても、それは若鶏用のヒヨコを孵すための卵なのだろう。ちなみにいわゆる地鶏の味が濃いのは、親鳥まで育てて出荷するからで、品種などの差はそれほどないらしい。考えてみれば、本来家庭の庭先などで買っていた鶏は、たった50日程度で食べてしまうわけがない。卵を産まなくなるまで飼育してから落としたのだろうから、本来の鳥料理の味というのは、親鳥の味だったはずだ。いわば「鶏のジビエ」とも言える食べ方だと思うが、高くなると困るので、人気は出ないでほしい。