史上初、PSP太陽に接触

NASAの太陽観測船「パーカー・ソーラー・プローブ」は、太陽の一部であるコロナ層に初めて接触した。それに関する動画があったので紹介する。

太陽には地球のような固い地表はなく、全体がプラズマというガス状物質からできている。これは中心部からはなれるほど希薄になり、大気のような層となる。これが「太陽コロナ」である。コロナ層は太陽の光珠部分から遠くまで広がっていて、それがどこまで続いているか、つまり太陽の本当の大きさは謎だったが、パーカー・ソーラー・プローブがその一部に接触し、初めて太陽の大きさを知ることができた。

パーカー・ソーラー・プローブが出発したのは2018年8月。その際世界中から署名を募集し、メモリーに書き込んで出発した。その中には私の名前もある。その時には「コロナに接触」の報を聞けばさぞかし感動的だろうと思っていたが、まさか微妙な気分になるとは思ってもいなかった。「接触」と書くから薄気味悪くなるので、「尻尾をつかまえた」とか「征服した」とか思うことにしよう。

署名者に贈られる搭乗券。文字取り史上最もホットなチケットだ。

100均スキレット&魚焼きグリル

100均スキレットがいいという記事を書いたら、なかなかのアクセスがあった。そこで今回は「グラタン編」である。

刻んだタマネギをバターで炒める。鋳物だとテフロンのように煮えたようになったりせず、程よい焦げ目ができ、また多少目を離しても食べられないほどに焦げたりしない。バターも同様で、普通のフライパンでバターだけで炒めものをすると焦げるのでオリーブオイルを足したりするが、スキレットはバターだけでも焦げず、まるでレストランの仕込み時間のような濃厚な香りが漂う。そこへ、小麦粉を入れてさらに炒め、牛乳を注いで混ぜながら火を通す。
牛乳は多いほうがよく、シャバシャバになったのをふつふつと煮詰めて粘りを出す、というのを何度か繰り返す。バターの油と少量の小麦粉の中に、大量の牛乳を閉じ込めるのがベシャメル類の王道で、生クリームの厚化粧でごまかしてはいけない。途中でナツメグを削って(※)入れるが、そのタイミングはいつでもいいだろう。
こうしてできたソースに茹でたマカロニを加えて和えたら、かき混ぜるのをやめてそのまま焼いてゆく。縁に焦げ目が見え始めたら、シュレッドチーズを乗せて魚焼きグリルで焼くのだが、仕上がりを見れば直火の威力を痛感することだろう。オーブンであれ、トースターであれ、電熱では絶対に作れない理想の焼き上がり。それが魚焼きグリルの真価である。魚離れや煙の敬遠などで、一時期魚焼きグリルの出番が減っていたようだが、今では専用のクッキングトレイもあるくらい、再評価されているようだ。

※ナツメグはホワイトソースや肉類に欠かせないが、瓶入りのパウダーを買うと残り少なくなった頃には風味がなくなる上、ナッツ類のカビは発がん性が高い。そこでホールで買って、100均のステンレス製のミニおろし金と一緒に、小さい密封容器に入れておく。ナツメグの実は硬いようだが、サクサクと削りやすく、毎回新鮮な香りを味わえる。

アベノマスクの効用

もう年末だというのに昨年の話題で恐縮だが、アベノマスクはなかなかの妙手だったと思っている。広告の世界では、モノを売ることや人を呼ぶことはできるが、考え方を変えさせることは難しいとされている。今でこそ感染がおさまっても多くの人がマスクをしているが、当時はまだまだ軽く考えていた人が多かったように思う。

そんな中での、単純明快なマスクの配布である。配布直後は1,2枚もらったところでどうなるとか、無駄遣いであるとか、反発も大きかったが、その反発が重要な点だ。さらに当時はマスク自体が品薄であり、あっても値段が高かったりしたが、そのことに批判が集まったのも良かった。マスク国民の目が一斉にマスクに注目したわけで、普通に売られ始めたら即買おうと待ち構えるようになった。

当時は、その後の感染のピークと比べればまだまだ序の口のようなもので、現実的には周囲で感染者が出たというケースはごくまれだったと思う。そのままでいたら気の緩みも起こるだろうし、コロナおそるるに足らずというようなデマが流布したかもしれない。そんな中で、ちょっと単純すぎるようなマスク配布によって、少なくとも政府が本気で国民にマスクを着けさせたがっていることだけは伝わった。従来のメディアによる広報活動だけで、同じ効果を得られたかどうかは疑問だ。

アベノマスクは、いわば国による一億人試供品キャンペーンのようなものだったと思う。販売促進にはいろいろな手法があるが、試供品や試食は特にコストがかさむ手法だ。そこで大規模な市場を狙う企業では、費用対効果の高いTVなどが販売促進の主流になる。過去に1億人に試供品を提供した企業など記憶にない。

去年の話を振り返っていられるのも、世界中で日本だけ感染者が激減させている安心感からだが、なんとかこの状態が続いてくれるよう、マスクは着け続けようと思う。