ヘビースモーカーの思い出

前回ベーコンの記事で、自分で燻製するとうまいと書いたが、燻製器を自分で設計・製造し、販売しようとしたことがある。

その昔、オリジナル製品を製造・販売したいという大工さんに、燻製器を設計した。大工さんというのは、木材加工スキルがあるだけでなく、電動工具を備えた工場や重機を借りたり、安い時期に建材を仕入れて在庫していたりという風に、さまざまなノウハウを持っているものだ。それなりに顔も広いので、あとはアイデアがほしい。請負だけの仕事から脱却したいというのだ。そこで提案したのが、上級マニアや小規模飲食店向け燻製器「ヘビースモーカー」である。

ホームセンターで手軽に手に入る燻製器はいろいろと難点があって、まず金属製は煙から出る水蒸気と酢酸が結露し、内側に黒くて苦酸っぱい味の水滴ができてしまう。食材に垂れてくることもある。また内部が狭いので煙が直接食材にあたりやすく、黒くて苦い箇所ができる。木製のものは水蒸気を吸うので仕上がりは良いが、どうしても大型になりやすいく初心者には手を出しづらい。ダンボール製は手軽な割に優秀だが、水蒸気で濡れてすぐダメになる。

そこでコンパクト・サイズながら、上に枠を継ぎ足すことで段数を増やしたり、蓋の内側のフックから吊るして、バラ肉ブロックやサーモンでも燻蒸できるようにした。最小単位は比較的安価に設定し、上置き枠の追加購入で稼ごうとしたわけである。一般的な燻製器を購入した人は、すぐにもっと背の高いものが欲しくなるはずで、徐々に大きくするなら購入の抵抗感も少ない。そういうヘビーユーザーを狙ったスモーカーというコンセプトだった。ちょっとした飲食店でも使えるし、さらにロッカーや物置サイズなど大きなものが欲しいなら、それこそ大工さんの出番という狙いもあった。そして試作機も当たり前だが簡単に作り上げ、テストは大成功だったのだが...。

あまりにもうまく行き過ぎて、キーマンの大工さんが燻製作りにのめり込んでしまった。ビジネス・ドリームではなく、スローライフを追求してしまったのである。そして彼の日々の生活に潤いを与えていた試作機も、知人に貸したら帰ってこなくなった。人をスローライフに引きずり込む魔性のアイテムである。アイデアも品質も申し分なかったが、自分も含めて何が何でも売ろうという根性のほうは、煙のようにはかないものだった。

heavysmoker
説明用に作ったCG(再現)。これだけできてれば、説明はいらないと言われた。CGの本領発揮である。
錆びやすい釘も接着剤も使わず、コンパクトに畳んだ荷姿で届き、
ユーザーが木釘を打ち込んで仕上げるという念の入ったスローライフ仕様だった。

パーカー・ソーラー・プローブ、23回目の接近を完了

NASAのブログによれば、パーカー・ソーラー・プローブは3月22日に太陽への23回目の接近を完了し、太陽表面から約380万マイル(610万キロメートル)まで接近して自身の距離記録に並んだ。

以前の接近では、地球から見て宇宙船が太陽の反対側を観測したため、数日後に太陽の影から顔を出すまで宇宙船の安否がわからないことがあった。ブログのアニメーションを見ると、今回は地球と宇宙船が同じ側にいる。このため、通過の途中でもこうやってミッションの無事を知ることができた。信号の減衰なども少ないだろう。長い期間、同じことを繰り返しているようでいて、毎回少しずつ条件を変えながら観測している。巨大な太陽全体からすれば五劫の擦り切れのひと撫でくらいかもしれないが、パーカー・ソーラー・プローブの報告が届くたび、日常とかけ離れたとてつもない世界に想像が広がる。

ベーコン

自分で燻製してベーコンを作ると、じつにうまい。そのうまさは、人類のDNAに刻み込まれたものだと思う。人類が焚き火で炙った時点で肉には煙の風味がついていただろう。原始的なベーコンである。人間とベーコンの付き合いはそれくらい昔に遡る。

日本が、仏教の影響で肉食が禁じられていたというのは間違いだ。魚のほうが捕れやすく、食用の牧畜をしなかっただけで、獲れた時は猪でもなんでも食べていた。実際、上方落語の「池田の猪買い」は病人の養生のために、当時はまだ山村で猟師がいた池田(現在の大阪府池田市)まで猪の肉を買いに行く話だ。仏教の肉食の禁止はあくまで僧侶に対するもので、それも特定の修行場の中や一定の期間、一部の宗派のものだと思っていい。厳密に言えば庶民には関係のない戒律だ。坊さんの説教だけで誰もが言うことを聞き、美味しくて栄養のある肉を我慢できるくらいなら、戦争も犯罪も起きていない。

塩蔵は菌の繁殖を防ぐための安全で効果的な手法だが、今の消費者は減塩指向だし、メーカーでも排煙のやっかいな燻蒸は減っている。肉を加熱せずに煙だけをかけた、いわゆる冷燻式のベーコンは実にうまいが、肉の扱いに長けた職人でなければ危なっかしくて売れない。本来のベーコンづくりはリスクもコストも高くなるばかりで、メーカーはまともに作る気にはなれないだろう。なので、一枚のバラ肉を丁寧に整形し、じっくり塩蔵して冷燻にかけた昔ながらのベーコンは、今ではもっぱら贈答用だ。

一方で保存材や調味料で味付けされたものが、ベーコンの名で店頭に並ぶ。さらに、切り落とし肉と脂肪の薄片を結着剤で重ねて、バラ肉っぽい断面を作り、まるで一枚バラ肉から作ったかのように、不規則なブロックに固めてから加工したものもある。大きな脂身と肉塊を接着するのは難しいので、それぞれ薄片にしてミルフィユ状に重ねて固め、支え合って分離しにくいようにする。こういうサイボーグ・ベーコンは焼くと脂身と肉部分がすぐ分離する。食べてそうまずいわけではないものの、DNAが「これは違う」と悲しげに訴えてくる。

逆にいうと大きな脂身のあるベーコンは良心的な品の可能性がある。イタリアの豚肉加工品は、ベーコン<パンチェッタ(バラ肉の塩蔵、燻蒸なし)<グアンチャーレ(豚頬肉の塩蔵品)<ラルド、の順に脂身が多くなり、カルボナーラには分厚い脂身のついたグアンチャーレが使われる。ラルドは脂身だけの塩漬けだ。豚肉は脂のうまさを味わうものだから、ベーコンも脂身の厚いものほどうまい。脂身が多いと何となく損をしたような気になるかもしれないが、脂は水に浮き肉は沈むくらい比重が違うので、体積的にはかえってお得だと思う。ベーコンを焼くレシピで「余分な脂は捨てて」というのを見ると、「鰹節を茹でて湯を捨てる」というのと同じように聞こえる。