無明

新しいヴァイオリンの弓を手に入れた。今までのものは2年以上使ってきてさすがに毛が伸び切ってしまい、かなり締めてもピンとした張りが感じられなくなっていた。すべての毛が一枚板のようにきちんと平面に並んでおらず、だらっと隣の弦に覆いかぶさる感じで、余計な音を出してしまう。こういう現象は腕のせいか、ブリッジの形か、はたまた弓の劣化かと考えて、弓のせいにしてみたわけである。値段は送料無料の4千円弱。こういうものとしては非常に安いが、eBayではいくつかの業者から同じような価格帯のものがけっこう出品されているので、多分それなりの人のための市場として、けっこうポピュラーなのだと思う。

そうして届いたのがこれだが、見て分かる通り毛が黒い。普通の弓に使われてい毛は白馬の尻尾だが、これは黒馬だそうだ。白馬に比べるとややキメの荒い素材だとかで、豪快な音になるという。白馬ほどポピュラーではないが、値段は白馬よりやや安いような気がする。本体は以前と同じカーボンで、同じ安物なら下手な自然木より工業製品のほうが安定しているのではないかと思っている。手で掴む部分(フロッグという)の素材は、なんとスネークウッド。硬木、銘木のなかでもダントツに高価なことで有名で、黒檀、紫檀など目ではない。「常軌を逸した高さ」とも評されている素材で、歩行用のステッキにした場合、アマゾンでも100万円以上していた。虎斑の木目といい値段の高さといい、「あんたこれ見てみい、ごっつう高いんやでえ」と大阪のおばちゃんが自慢しそうなシロモノだが、まあカケラだからこの値段におさまるのだろう。

肝心の弾きごこちはと言えば、弾きやすく音も大きいような気がする。荒々しいと言われる黒馬ならではの音色も、自由奔放な魂の雄叫びを求める自分にぴったりだ。すっかり気に入ったので、私はこれに「無明(むみょう)」という號をつけることにした。無明とは仏教の用語で、煩悩や迷いに満ちあふれ、未だ悟りに至らない暗黒の大地、凡夫の住まう娑婆世界のこと。スターウォーズでいえば、ダークサイドのことである。正しいヴァイオリニストへの道に敢えて背を向け、冥府魔道の独学の闇をさまよいながら、上手くなりたい上手くなりたいと、見果てぬ野望に身を焦がす私にピッタリである。

石の上にも三周年

早いもので、激安バイオリンを買ってこのブログを開始して3年が経った。とうてい上達したとは思えないが、当時の自分が聞いたら、バイオリンを弾ける人だと勘違いしたかもしれない、というほどにはなったと思う。わずか8千円の激安バイオリンは流石にひどい音になってきたので、3周年を機に新しいものを手に入れた。だが、激安も十分役に立ったと思う。

60歳を過ぎて楽器を始める人は少ないかもしれない。そういう人は若い頃に何かしら経験がある人で、全くの初心者というのは珍しいのかもしれない。とはいえ、これまで楽器に無縁だった高齢者でも、興味が無いわけではないようだ。私がバイオリンを始めたというと興味を持つ人が多い。また、音楽が嫌いという人もほとんどおらず、たいてい好きなジャンルやファンのアーチストがいる。だったら、その音楽を自分でやればと思うのだが。
私のバイオリンは我流だ。ちゃんと弾ける人が見たら音以前に、だめなところがいっぱいあるはずだ。今の所誰かに披露する機会はないが、もしあるとすればきっとボロクソに言われるだろう。それでやる気を無くしてしまうかもしれない。でも「バイオリンプレイヤーを目指したが、才能の限界を感じて挫折した」なんて、むしろかっこいい。「青春」とか、「若気の至り」という感じがするぞ。ふふふ...。

天皇陛下は車の運転がお好きで、古くなった庶民的な車で、時折皇居の中でだけ運転を楽しまれると聞く。恐れ多い例えだが、私のバイオリンも、そんな感じで弾ければいいなと思う。年をとると、これからやることや起きる出来事のすべてが、一生に関わる事柄となる。いや、これは子どもの頃だって同じで、日々何をするか、何が起きるかは実は全部一生の問題だったのだ。そのへんはもっと早く気がついていれば良かったのかもしれないが...。ともあれ私にとっては、バイオリンを弾ける爺さんで死ぬか、ただの爺さんで死ぬかは、大きな違いだ。

バッハからロックへ / Chrstian Howsのアレンジメント

以前にも紹介したChrstian Hows氏が、バッハのパルティータ2番を、バイオリンの独奏からジャズ、ロックふうにアレンジしてゆく作品。バイオリンに手拍子とエレキベース、カホン(箱型の、フラメンコの打楽器)が入ってきてジャズ風になり、カホンがドラムセットに変わって、バイオリンがエレクトリック・バイオリンになって、ロック風のアレンジになっていく。これだけの編曲は簡単なことではないらしく、メールでは着想を得たところから、プロジェクトの経緯が説明されていた。個人的には、エレクトリック・バイオリンがロックのエレキギターのように使われているのが興味深かった。ロックでは、ギターの余韻を電子的に長く引き伸ばして、まるでバイオリンのように長い音符を弾く奏法があるが、ここではバイオリンでその味台を出している。本家帰りのようなものだ。また、生のバイオリンでは、さすがにドラムセットなどと共演は難しいことから、これからはエレクトリック・バイオリンの活用が重要なのだと思う。
Hows氏に限らず、技術者、クリエイターが、ユーザーと直接メールを交換し、ネットでつないでパフォーマンスや指導を行い、それを動画で公開するというのは最近の傾向だ。企業が、ウェブサイトを開設しただけで新しい顧客が手に入る時代ではなくなったことがよくわかる。

そういえばバッハもパブリック・ドメインだ。クラシックの名曲は、自由に演奏できる曲の宝庫かもしれない。Hows氏も、バッハは即興を大切にした作曲家で、もし現代に活きていたら、古い演奏をなぞるだけでなく、新しい楽器やジャンルをどんどん取り入れていたに違いない、音楽家はクリエイティブでなければならないと言っていた。まあ、上手になれば、そういう事もできるという話だが...。

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