危うい場を、危ういと分かったまま楽しめる人

映画のお気に入りの名セリフを集めるカテゴリーだが、今回は先日の初夢診断の中の、AIのセリフ。今まで聞いた「バカ」の言い換えの中でいちばん美しい言い方である。まるで褒められたような気分になる。どこかの引用かもしれないのでそのまま検索してみたら、真っ先に自分のサイトが出てきた。すぐわかるような引用ではなく、AIが自分で考えた言い回しらしい。他の検索結果にはこの通りの文言は無かった、検索結果2番目のサイトを見ると、「短絡的」と大書してあり、その意味を説明していた。

【「短絡的な人」の具体的な「特徴」は?】
周囲から「短絡的」と評価される人には、どんな特徴があるのでしょうか。
■物事を深く考えない
■思いつきで行動する
■思考が単純
■楽観的
■人の話を聞かない
■せっかちである
■(良くも悪くも)こだわりが少ない
自分の周りに「こんな人いる!」と思う当たる人も多いのでは?「短絡的な人」は最大限好意的に見れば、ポジティブな人とも言えますが、慎重な人からしたら「何も考えてない」ように映るかもしれませんね。

なのだそうだ。優しげな言葉遣いだが、「最大限好意的に見れば」とか、書いてあることはたいがいである。吉田兼好が徒然草で述べた、「狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり」という言葉を思い出した。

斧は忘れる、切り株は忘れない

斧は忘れる、切り株は忘れない
このカテゴリーではお気に入りの映画の名台詞を紹介してきたが、これは格言だ。たしかレバノンのものだったと思う。捉え方で2通りの意味があって、自分が斧だと思う人には名言だが、自分が切り株だと思うなら、果てのない恨みの根と紛争の芽だ。互いに生まれてもいない時代の出来事について非難しあい、生まれて間もない者を犠牲にしてまで紛争を続けることになる。あの連中以外の人は、ちゃんと忘れたふりをして生きているのだが。

人生は鶏の尻、今日は卵、明日は糞
これはアフリカのことわざ。「アフリカ」とひとくくりにするのは好きじゃないが、国名は忘れてしまった。それならばと、ザルを持って待ち構える人と、ほうきを手にして追いかける人に分かれるかもしれない。

座右の銘は、必要な時に座右にあった試しがない
これは自作。「あのときこの言葉を知ってたなら」とか、「ちゃんと自分に言い聞かせていたはずなのに」とか、とにかく大きな代償を費やした挙げ句に出来上がったものだ。

ところで最近は我ながらよくウソをつく。同世代の女性には「おや、どこの娘さんかと思った」くらいは言うし、昔の同級生になら、運動部に入っていただけで「スポーツ万能だった」、友達が何人かいたというだけで「クラスの人気者だった」という調子である。
この歳になるとだれも褒めてくれない。赤ん坊の時のように立って歩いただけで絶賛して欲しい、とまでは言わないが、実情は立って歩くだけで結構つらい思いをして頑張ってることもある。だからみんな見え見えのおべんちゃらでも、「またまた、冗談ばっかり!」とか言いながら、かなりうれしそうだ。間違ったことを言ってるかもしれないが、間違ったことはしていないと思う。
でも本当の年寄りのウソは、もう少し情けないものである。

年寄りの言葉はウソまみれだ。届かなかった夢や果たせなかった約束が多すぎて、とても現実を直視できないから
これも自作だ。

生命は道を見つけ出す

ジュラシック・パーク第一作で、カオス理論の研究者マルコム博士の言った言葉。映画ではこの言葉通り、メスしかiいないはずのパーク内で、いつの間にか凶悪な恐竜たちが自然繁殖してしまう。
最近アメリカの研究チームが、突然変異できないよう最低限度の遺伝子だけでできた細菌を人工的に作り出した。が、進化できないはずのこの細胞は、300日で人間の4万年分に相当する猛スピードで世代交代し進化した。生命が生き延びようとする力は、人間の考える理論を超えてゆくという、映画さながらの出来事である。

脅威的な変異を起こす生命体といえば、どうしてもコロナのことを思わずにはいられない。武漢株の段階ですでに強力な感染力を持っていたが、デルタ、オミクロンと変異するごとに感染力を増してきた。現在は5類になって感染状況が公表されなくなったが、第9波が来ているとも言われている。コロナにはかなわなかったのかもしれない。
その昔私は、人間こそが百獣の王ではないかと考えたことがあったが、ライオンなど絶滅寸前のひ弱な種である。それに勝った程度では、まだまだ人間の上に、無数のウィルス類がランキングしているような気がする。

が、コロナがそうであるように、人間も生命だ。必殺のワクチンで根絶やしにはできなかったかもしれないが、医療現場の対応や個人の対策など、あらゆる手段でしぶとく道を見つけ出し、生き延びるだろうとも思う。映画で観たときは、普通に名言と思っただけだったが、コロナを経験して、その深さを改めて知ることができた。