餅考

年々正月らしさが感じられなくなってきた。歌合戦もおせちも、もともと好きというわけではなかったせいもある。が、餅は別で、雑煮でもキナコ餅でも大歓迎なのだが、年中食べたい時に切り餅を買ってしまうので、やはり正月らしさが希薄になってきた。つまり正月らしさがないのは、自業自得ではある。

子供のころでも、餅つきは珍しかったが、臼や杵のある家や、腕に覚えのある人が大勢いたので、誰かが声をかければすぐ餅つきイベントはできた。また普通の家では餅屋で買うか、もち米を持ち込んで搗いてもらう「ちん餅」を利用していた。
その後電動餅つき機が発売されたが、これはかなりのヒット商品で、特に年寄り世帯では年中餅が食べられると言って、こぞって買っていた。当時の家電は、テレビ、冷蔵庫、電子レンジと、新しく登場した製品を買えばその分必ずといっていいほど生活が向上する、夢のある商品だった。
餅つき機は我が家にもあったが、仕上がりやややキメが粗く、水っぽかったので、道産米のせいか所詮機械の限界かと思っていた。ところが年寄りが使うと、杵つきと遜色のないものができあがる。含水時間やつきあげ時間などを工夫したのだという。長年餅に慣れ親しんできただけに要求水準が高く、弘法筆を選ばずということになったようだ。
そしてパック詰め切り餅が発売されたのは、それよりもさらに後のことである。餅つき機のほうが開発が難しそうだが、適切な湿度などを保つパッケージが難しかったらしい。これも当初は年末商品だったが、今では年中買える。朝食はトーストにしようか、餅にしようかという手軽さだ。

そこでもし自分が、「餅は正月だけしか食べてはならぬ。このこと代々申し伝え、ゆめゆめ違うことなかれ」と遺言したらどうだろう。先祖(自分)は恨まれるかもしれないが、子孫はさぞかし正月が楽しみになるだろう。また、(自分同様)罰当たりがいて、いいつけに背いて餅を食べたら、それこそ禁断・背徳の味で、これまたさぞかし旨いだろうと思う。

100均スキレット&魚焼きグリル

100均スキレットがいいという記事を書いたら、なかなかのアクセスがあった。そこで今回は「グラタン編」である。

刻んだタマネギをバターで炒める。鋳物だとテフロンのように煮えたようになったりせず、程よい焦げ目ができ、また多少目を離しても食べられないほどに焦げたりしない。バターも同様で、普通のフライパンでバターだけで炒めものをすると焦げるのでオリーブオイルを足したりするが、スキレットはバターだけでも焦げず、まるでレストランの仕込み時間のような濃厚な香りが漂う。そこへ、小麦粉を入れてさらに炒め、牛乳を注いで混ぜながら火を通す。
牛乳は多いほうがよく、シャバシャバになったのをふつふつと煮詰めて粘りを出す、というのを何度か繰り返す。バターの油と少量の小麦粉の中に、大量の牛乳を閉じ込めるのがベシャメル類の王道で、生クリームの厚化粧でごまかしてはいけない。途中でナツメグを削って(※)入れるが、そのタイミングはいつでもいいだろう。
こうしてできたソースに茹でたマカロニを加えて和えたら、かき混ぜるのをやめてそのまま焼いてゆく。縁に焦げ目が見え始めたら、シュレッドチーズを乗せて魚焼きグリルで焼くのだが、仕上がりを見れば直火の威力を痛感することだろう。オーブンであれ、トースターであれ、電熱では絶対に作れない理想の焼き上がり。それが魚焼きグリルの真価である。魚離れや煙の敬遠などで、一時期魚焼きグリルの出番が減っていたようだが、今では専用のクッキングトレイもあるくらい、再評価されているようだ。

※ナツメグはホワイトソースや肉類に欠かせないが、瓶入りのパウダーを買うと残り少なくなった頃には風味がなくなる上、ナッツ類のカビは発がん性が高い。そこでホールで買って、100均のステンレス製のミニおろし金と一緒に、小さい密封容器に入れておく。ナツメグの実は硬いようだが、サクサクと削りやすく、毎回新鮮な香りを味わえる。

スキレット

100均で鋳物のスキレットを買った。200円と300円の二種類があって、サイズは小さいが厚みも重みもある本物の鋳物だ。商品開発担当の意気込みが目に見えるような戦略的商品である。さっそく使ってみた。

まず、シーズニング(※)したスキレットに油をひき、ジャガイモを薄く切って敷き詰め、火にかける。ジャガイモが香ばしく焼けてきたらひっくり返し、両面に焼き目がついた頃合いに溶き卵を流し込む。溶き卵には塩コショウのほか、粉チーズ、ベーコンやほうれん草、きのこ類など、好きなものを入れるとなおいい。そして卵の縁が焼けてきたら、魚焼きグリルに入れて上面を焼く。するとまもなく卵がスフレ状に盛り上がっていき、あたりに直火焼きの卵のどこか懐かしいような匂いが漂い始める。好きなだけ焦げ目をつけたらテーブルに運ぶのである。

魚焼きグリルはスキレットと相性がいい。柄ごとすっぽり入るし、小さなスキレット一個のためにオーブンを温めるのもおおげさだ。しかも電気オーブンの遠回りな熱ではなく直火なので、スフレ部分が見事に立ち上がり、しぼみも少ない。また、表面のこげも一段と風味よく仕上がる。

検索すると、100均スキレットはとうの昔に話題になっていた。おすすめメニューはアヒージョのようだ。ニンニクやマッシュルーム、ベーコンやエビなどの風味を溶かし込んだ油にパンを浸して食べる。素材の風味を生かした料理が好きな日本人なら、好きにならずにいられない。うまいに決まってるが、なかなか手頃なサイズの鍋がなくてできなかったメニューだ。

スキレットの難点は、火床を占領してしまうので人数の多い家庭には向いてないところだが、逆に晩婚化や非婚化、高齢化などで増えてきた単身世帯、老夫婦世帯などにはぴったりだ。これらの世帯はどうしても出来合い惣菜や冷凍半製品のメニューが増えてしまうが、スキレットなら生の素材がどんどん使える。とりわけテフロンでは水分が出て煮物になってしまう食材が、香ばしい焼き色のついた、バーベキュー的な仕上がりになる。
ここまで安くなった鋳物のスキレットは、さらに普及するだろう。そして新しいレシピや利用法が生み出され、ネットならではのスピードで共有化され、日本人の食生活をちょっとだけ変えてくれるかもしれない。

※シーズニング
新品の鉄製鍋を使う前の作業。食器洗剤で金属油などを洗い流した後、鍋を強火かけて、食用油を注いで煙が出るくらいに焼く。揚げ物をしてもいい。鉄製鍋は錆びさせないように気をつけ、使い終わるごとに熱して油で拭いてやると、テフロンなみに焦げ付かなくなる。また多少錆びても、錆を磨いてシーズニングし直せば何度でも蘇る。