命のブログとネットリテラシー

以前から、国際情勢に関する、ある国内サイトを定期的にチェックしている。外国政府の公式発表や海外専門家のブログの翻訳、データや関連ニュースなどをまとめて紹介してくれているが、専門用語にも明るい人物らしく、自分が自動翻訳で得るものとはレベルの違う見識を得ることができる。

そこでは時折サイト主の近況も書かれるが、どうやらガンとの闘病中らしく、食欲はないが医者のアドバイスでなるべ食べるようにしているというような記述もある。これは読む方も胆力が必要だが、命がけの執筆から目を背けるべきではないとも思える。
あちこちに紹介したいが、見た人はやはり重苦しい気分になるだろう。しかし一人でも多くの閲覧が増えれば、それだけ張り合いになるかもしれない。ネットの世界はバーチャルだという人もいるが、どんな情報も誰かが発信しているものなので、すぐ生々しい「人間」に突き当たる。そんなことを考えさせられるのも、これまでになかったネットの醍醐味である。

ちなみに、これが客引きのための「設定」だと疑う人もいるだろう。そう疑うのは当然のことで、それこそネットリテラシーの基本、健全な猜疑心というものである。確かにネット上は不愉快なヤラセに満ちているが、一方で完全に騙された場合お約束の態度というのも決まっていて、以下のように言うのだという。
「ああ、良かった。ガンに侵された気の毒なブロガーさんなんていなかったんだね」

”足裏”ではなかったが、「歩き」の血流促進効果は歴然

先日、歩くと楽器演奏が冴える話を書いた。血流がよくなって、頭まで血液が行き渡るためらしい。長い間、足の裏を踏み込むから血液を押し上げるのだと思い込んでいたので「足裏ポンプ」と書いたが、正しくは、ポンプの役割を果たすのは足裏ではなくふくらはぎの収縮らしい。ちょっとした勘違いだが、その効果はちょっとどころではなかった。

その後も何度か歩き回ってへとへとになる日があった。いつもなら座り込んで何もしたくなくなるが、あの記事を書いた手前こんなくたびれた状態でも脳が冴えているのか、バイオリンで試してみた。するとやはりぜんぜん違う。毎回同じ伴奏音源に合わせているので、ついていくのがやっとの日もあるのに、歩いた後では余裕をもって弾ける。

自分がいま冴えているか、ぼんやりしているのかは、実は自分で判断できないことなのだと思う。調子が良し悪しを判断する脳の性能が落ちていれば、本当はハイマーががっていても、オールオッケー、ノープロブレムと感じてしまうかも知れない。もちろん無理して楽器を弾く必要はないが、歩くかどうか大きな違いだと思う。

ここで世の高齢者に言いたい。歩かなくていいよ、窮屈に考えないで楽に生きようと。幸せへの道はそっちにあるかもしれないし。だが私は歩く。そして自分だけ冴えた年寄りになってやるのだ。

領海侵犯と領空侵犯

どちらもよく聞く言葉で、戦争が始まる一歩手前という印象を受けてしまうが、実態は自分が考えているものとは違うらしいことを最近知った。

まず領海侵犯という言葉はなく、メディアが作った言葉だそうだ。どの国の船も、それが例えば軍艦であろうと領海に入っただけで脅威だとは見なされない。問いかけに応答しないまま長時間領海にとどまったりすれば、海上保安庁の巡視船などに追い返されることはあるが、通り過ぎるだけ程度ならフリーパスである。
また、領海のど真ん中であっても、海峡は公海扱いなことが多い。津軽海峡や、トルコのボスボラス、ダーダネルス海峡などがそれで、国際海峡と言うらしい。船舶がSOS信号を受信したら国籍その他に関わらず救助の義務があると言うし、海の上には、国レベルの法律等以前の海の男の掟がある感じだ。

一方領空侵犯という言葉はある。領空とは領土・領海の上空だが、航空機の場合そこまで侵入されるとあっという間に都市などに着いてしまうし、核を持っている可能性もある。そこで、領空より遠くに防空識別圏を設定し、越えてきた航空機に対しそのまま進むと日本の領空を侵犯することを警告する。このときの自衛隊機は、警察や沿岸警備隊の職務の代行という立場なので、問いかけから始まって、引き返させたり着陸させたりする。警官の職務質問と同じである。これはどの国の空軍でも同じだそうで、警告射撃を行うことがあっても信号弾の代わりであって、攻撃ではない。もちろん撃墜などはできない。発砲して相手を撃墜できるのは攻撃を受けての正当防衛か、あきらかに住民を狙っている場合である。また、大韓航空機撃墜事件以後、どんな場合でも民間機を攻撃できない。これらはみな国際ルールである。要は、銃弾の一発や二発がきっかけで戦争が起こったりはしない。人類は、過去に何度も戦争を興してきたが、そのつど同じことは繰り返さないよう、国際社会も進化してきたということだ。

進化していないのはマスコミだ。新時代の国際ルールの周知と啓蒙に向けて社会をリードするというならともかく、領海侵犯などという言葉まで作り、不安をかきたてて100年、200年前の戦争当時さながらの未熟な世論へと、社会をミスリードしているように思える。

※9月23日のロシア機による領空侵犯では、防空識別圏に入ってから何度か意図的に領空の端をかすめてる。その間、自衛隊機が通告、警告をしていたはずなので、かなり挑発的だ。とはいえ、自衛隊機の行動はあくまで前述の通り警察の職務の代行なので、そのまま交戦したり、ましてや戦争になったりはしない。

防衛省「ロシア機による領空侵犯について」より