ベーコン

自分で燻製してベーコンを作ると、じつにうまい。そのうまさは、人類のDNAに刻み込まれたものだと思う。人類が焚き火で炙った時点で肉には煙の風味がついていただろう。原始的なベーコンである。人間とベーコンの付き合いはそれくらい昔に遡る。

日本が、仏教の影響で肉食が禁じられていたというのは間違いだ。魚のほうが捕れやすく、食用の牧畜をしなかっただけで、獲れた時は猪でもなんでも食べていた。実際、上方落語の「池田の猪買い」は病人の養生のために、当時はまだ山村で猟師がいた池田(現在の大阪府池田市)まで猪の肉を買いに行く話だ。仏教の肉食の禁止はあくまで僧侶に対するもので、それも特定の修行場の中や一定の期間、一部の宗派のものだと思っていい。厳密に言えば庶民には関係のない戒律だ。坊さんの説教だけで誰もが言うことを聞き、美味しくて栄養のある肉を我慢できるくらいなら、戦争も犯罪も起きていない。

塩蔵は菌の繁殖を防ぐための安全で効果的な手法だが、今の消費者は減塩指向だし、メーカーでも排煙のやっかいな燻蒸は減っている。肉を加熱せずに煙だけをかけた、いわゆる冷燻式のベーコンは実にうまいが、肉の扱いに長けた職人でなければ危なっかしくて売れない。本来のベーコンづくりはリスクもコストも高くなるばかりで、メーカーはまともに作る気にはなれないだろう。なので、一枚のバラ肉を丁寧に整形し、じっくり塩蔵して冷燻にかけた昔ながらのベーコンは、今ではもっぱら贈答用だ。

一方で保存材や調味料で味付けされたものが、ベーコンの名で店頭に並ぶ。さらに、切り落とし肉と脂肪の薄片を結着剤で重ねて、バラ肉っぽい断面を作り、まるで一枚バラ肉から作ったかのように、不規則なブロックに固めてから加工したものもある。大きな脂身と肉塊を接着するのは難しいので、それぞれ薄片にしてミルフィユ状に重ねて固め、支え合って分離しにくいようにする。こういうサイボーグ・ベーコンは焼くと脂身と肉部分がすぐ分離する。食べてそうまずいわけではないものの、DNAが「これは違う」と悲しげに訴えてくる。

逆にいうと大きな脂身のあるベーコンは良心的な品の可能性がある。イタリアの豚肉加工品は、ベーコン<パンチェッタ(バラ肉の塩蔵、燻蒸なし)<グアンチャーレ(豚頬肉の塩蔵品)<ラルド、の順に脂身が多くなり、カルボナーラには分厚い脂身のついたグアンチャーレが使われる。ラルドは脂身だけの塩漬けだ。豚肉は脂のうまさを味わうものだから、ベーコンも脂身の厚いものほどうまい。脂身が多いと何となく損をしたような気になるかもしれないが、脂は水に浮き肉は沈むくらい比重が違うので、体積的にはかえってお得だと思う。ベーコンを焼くレシピで「余分な脂は捨てて」というのを見ると、「鰹節を茹でて湯を捨てる」というのと同じように聞こえる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です