今年は午年

さて、今年は午年。これまで馬にはほとんど縁がなく観光牧場の馬車に乗ったくらいだが、その数少ない体験でも、馬というのはつくづく賢い動物だと思った。その観光牧場では、馬が10人程度が乗れる馬車を引っ張っていた。田んぼの畦道に毛が生えたような狭い土の道で、片側は傾斜になっていて、ちょっと間違えただけで脱輪しそうなところを後ろも見ずに通り抜けていった。もし自分が引っ張ったら、馬力があったとしても脱輪させてしまっただろう。

ところで、自動運転できる車が現実的になってきた。できたら文字通り”自動車”である。従来の自動車と外見では区別がつかないものになると思うが、そうなると「自動運転が効いてると思った」という事故が起こるようなが気がする。居眠りしても手放しでも安心というような緊張感のないもので良いのかなとも思う。そこでまずロボット馬を作って本物に匹敵する知能レベルに発展させ、牽引させるところから始めてはどうだろう。馬車の時代をなぞるわけだが、こういう考え方はAIの学習法にもかなってそうな気がする。毎朝寝ぼけ眼で自動運転のハンドルを握る(自動だから握らない?)より、ロボ馬と「今日もよろしく」「ヒヒン!」と挨拶をかわすほうが優雅だし。

馬車から自動車への変遷を調べていたら、こういう画像が出てきた。色違いの部分は木だそうだ。
昔、アメリカのTVシリーズにはよくこういう色違いの部分がある車が出てきたが、
あれも木だったのだろうか?時代が少し違うようにも思うし、現実には見たことがないのだが。

4 thoughts on “今年は午年

  • 1月 5, 2026 at 09:39
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    アメリカで、2003年にテスラ・モーターズと言う会社が創業され、未だ四半世紀足らずの間に電気自動車も中国が主導権を握ってしまいました。テスラ社創業者のマーティン・エバーハードとマーク・ターペニングが、交流電力システムを発明したニコラ・テスラへの敬意を込めて社名に採用したと言われて居ますね。つまり、我々はイーロン・マスクが名付けて彼が最初から開発に関わったと勘違いして居ましたが、実際には、後から会社に参加した形らしいですね。彼も南アフリカ出身の異端児ですから新しい発想は有るとは思いますが電気技術や科学部門の専門家では有りませんからね。ところで、教えていただいたニコラ・テスラとは19〜20世紀初頭に活躍した セルビア系アメリカ人の発明家で電気技術者でしかも物理学者だったようですね。交流(AC)電力システムの発明者でもあり、現代の電力送電の基礎を作った人物らしいですね。また、誘導電動機(ACモーター)の発明者でもあり、電気自動車のモーター技術にもつながる重要な発明だったわけですね。。無線通信、ラジオ、X線技術などにも先駆的な研究を行ったと言われていますね。エジソンとの関係はテスラは一時期エジソンの会社で働いていたそうですが、直流(DC)を推すエジソン 対 交流(AC)を推すテスラという「電流戦争」で対立したそうです。この対立は歴史的に有名で、テスラは「エジソンの最大のライバル」として語られる様になったようです。ところが、技術者などによくある天才的な発明家でありながら商売は苦手で、生涯を通じて経済的に恵まれなかったそうです。しかし時代が変わって現代では、「未来を100年先取りした男」として評価されています。雑談ですが私の竹馬の友のマサノリ君は両親が保健所の職員で普段は鍵っ子でしたがよく遊び相手にされました。彼は田舎では珍しく電器や科学雑誌を定期購読していました。ラジオを作ったり無線装置を作ったり、一緒に組合のトラックから拝借したバッテリーを分解して調べたり、殆ど悪さでしたが、或る日の事、私に手伝って欲しいと言って誘いに来ました。聴くと何でも誘導電流の実験を手伝って欲しいと。訳も分からず彼の家の自転車のペダルを手で回し発電機を動かすと、急に強烈な電流を腕に感じ思わず手を放しました。何でも銅線のコイルを磁石のような鉄の棒にグルグル巻いたものを見せられました。電気ショックには驚いたものの彼の実験に感銘したものです。テスラでは有りませんが変わり者の小学生でしたね。彼はその後電機メーカーに入社も気が変わったのか民放の技術者に鞍替えしたと聞きました。田舎で二人は悪戯や悪さの常習犯で有名でした。何か事件が有れば必ず『あの二人に違いない』と。彼の母親は助産婦でもあってその手の書籍がタンスの上の子供が届かない所に隠してありましたが、小学2年生の頃でしたか?、多少大きかった私が彼を肩車してその秘密の書籍を開いてビックリ?また元に戻したものの、悪ガキ同士ですから、早速、学校で『お前ら!知ってるか?』と同学年の幼稚な知識を馬鹿にしたりしました。当時は未だ性教育など全く無かった時代ですから誰よりも凄い知識を得たと自慢気でしたね。新年早々テスラやエジソンには程遠い悪ガキの余談でした。

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    • 1月 5, 2026 at 12:42
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      テスラといえば、この写真が有名です。画像で見る限り、マサノリ君の実験とそう変わらないでしょう。というか、テスラも知っていたのではないでしょうか。彼は知識で、昔の少年氏は身を以ってテスラの世界と出会ったということかも。

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  • 1月 4, 2026 at 07:51
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    この写真は昔の型のステーション・ワゴンですね。アメリカのデザインで側面は実際に木製だった可能性が有りますね。何故?ステーション・ワゴンと言うのか?ですが、西部開拓時代を引きづって居るのでしょうね。西部開拓史の移動手段だった幌馬車が自動車に変身した訳で、広大なアメリカの移動手段として進化して現在に至って居ますが、日本も世界各国も自動車産業のきっかけはアメリカのクルマだった訳で、今でこそ日本のトヨタや、イーロンマスク氏のテスラも電気自動車の先駆けとして暫くはトップでしたが、今や中国のBYDの電気自動車が世界販売台数トップとなって居ます。余談ですが、私の前前職の会社の会長が取引先を連れて恒例の視察旅行でアメリカで当時話題のテスラの工場見学の際、校内をテスラで試乗したそうです。免許は無かったので係のアメリカ人社員が運転したそうですが、すっかり気に入ってしまい、その場で会社の社用車として購入契約し数日後、京都の本社に納入されました。会長とは腕相撲で負かした事が有る私に『本社に来て乗って見たらいいよ』と社員に自由に乗って貰うクルマになったのですが、何とトヨタの仕事を受けていた会社でしかも海外のトヨタ経験者を役員待遇で受け入れていた関係でトヨタ本社に情報が行き『是非貸して欲しい』との要望で名古屋のトヨタの工場に行ってしまいました。当時のトヨタはハイブリッド車は得意分野でしたが電気自動車の開発には遅れていましたから飛びついた訳です。しかも下請けに現物がある訳ですから買い取って分解すれば手っ取り早く開発予算も掛からない訳ですね。イーロンマスク氏はIT関連には強く当時はPCにしか使われて居なかったリチュウム電池を大量に束ねて車に搭載し、しかもタッチパネルでまるでコンピュータルームのようなコクピットにした訳です。しかも電気自動車の弱点の航続距離も一回のチャージで500kmも送行可能にしました。今や世界中で電気自動車流行りですが、多分航続メーカーはテスラを分解して研究材料にしたと思われますね。自動車業界では技術の横取りは常態化していて、日産の人に聞いたのですが追浜工場で分からず扉を開けたらそこにはフランスのプジョーのミニバンがバラバラにされていたと。トヨタの開発関係者の方の話でもセルシオの開発にドイツはベンツを解体して研究したそうですが、ベンツには程遠い物でしたね。ドイツは工業国だけあって独自の高度な技術と伝統のマイスター制度なども有ってプライドが高いですからね。ヨーロッパでも地球環境保全で内燃機関のエンジン車全て廃止法電気自動車に全てチェンジの政府見解でしたが、豪雪の際のホワイトアウトで充電ステーション迄行けず多くのドライバーが閉じ込められ電圧も下がりヒータも聞かず、クルマ大国のドイツ人ドライバーが『トヨタのハイブリッドにする』と言う事がきっかけになって政府も従来のガソリン車生産も解禁となったようです。一方、あっという間に世界トップとなったBYDの販売店が我が家の直ぐ傍の国道沿いに開店しました。知人もテスラに乗って居ますが、経済的だと言っていますから今後は増えるでしょうね。しかし自動運転は怖いですね。事故の場合の責任の所在や保証も曖昧でしょうから、自動運転車は別の道路専用車にして欲しいですね。運転手不足で減便のバスからの転換手段でしょう。雑談でした。

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    • 1月 4, 2026 at 09:46
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      テスラという名前が興味深いですね。エジソンのライバルで、かなりの変人です。一方のエジソンは水力発電所を作った電力会社の草分けです。GEの前身を作ったそうなので、マスクには、既存の電気関連業界に対抗心があったのかもしれませんね。自動運転タクシーができたら、自分ひとりで乗り込むんでしょうかね。昔のSFみたいな、ブリキの運転手でもいるといいんですが。

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