先日、突然耳が聞こえなくなった。遺伝的に耳が悪いし少しずつ悪化してきてはいたが、突然スイッチを切るように聞こえなくなるとは思わなかった。
音が聞こえないとどうなるか。いつもの光景が、異世界に放り込まれたように見え始める。車が近くに来るまで気が付かなかったりするので、危険もある。目より先に音で確認していたことも多い。水道の蛇口もそうで、目は他を見ながら水音がしているから止めていたことに改めて気がついた。
また、バイオリンを始めたとき、骨伝導が効くから多少耳が悪くなっても続けられると考えたが、これは大間違いで、聞こえないものは聞こえない。もちろん人の言葉も同じで、大事そうなことはメモに書いてもらった。
で、耳鼻科に行ったら原因は耳垢で、プロの掃除ですぐ聞こえるようになった。柔らかい耳垢の人は掃除したつもりでかえって押し込んでしまうことがあるそうだ。定期的に耳鼻科に通わなければ聞こえなくなるというのは、動物としてどうなんだろうと思ったが、若い頃にはなかったから、代謝の衰えなどで外に排出する働きが悪くなったのかもしれない。
ともあれ今の気分は最高だ。耳鼻科からの帰り道、信号の通りゃんせや自分の足音まで聞こえてきて、そのままタップを踏みながら、「世の中は素晴らしいものに満ちている」と自作の鼻歌を歌いたくなった。ミュージカルの登場人物の気持ちがわかった気がした。

昨日の朝、パソコンに向かって作業をしていて、フッと外の日差しを見たら何と紫色のまぶしい光に驚きました。眼が変なのに気づきモニタ画面の輝度を下げたり眼鏡の油膜拭いたりと焦りました。暫くして治りましたが、歳のせいかと?。最近は何でも歳のせいにしている自分に気付きますね。物忘れはしょっちゅうですね。今考えて居た事を『何だっけ?』とか、出がけに玄関先で物忘れに気づき室内に戻って『何だっけ?』と暫くして『そうそう!名刺入れだった』とか。仕事に差し支えるようになったり、クルマの運転中に信号無視など起こせば笑い話では済まされませんね。先日の夕方の車で帰宅時に渋滞で脇道に入ろうかとした際に前の車に接触し、相手の中年男性に怒鳴られました。免許証を見せてと言われ手渡すと、生年月日を見て『もう、そろそろ運転辞めたら?』と年下に言われたのが大ショックでした。豊平署立ち合いで事故処理しましたが、私の保険で相手のクルマは修理できますが、わたしのクルマのドアはへこんだのですが車両保険を外していたので修理費が出ません。ダブルショックでした。が、自覚する事も必要ですね。
もちろんその場で反論できないでしょうけど、この年まで運転してきたという実績は伊達じゃないですよ。相手も、同じ年齢まで事故もなくいられるかどうか。物忘れはご同様ですね。情けないですが、逆にいうと、若い頃はいかに冴えていたかということです。当時の自分なら70代の年寄りと一緒にしないでくれと思ったでしょう。
えッ?と心配したのですが?何と耳垢とは。私の場合はガキの頃から野蛮な遊びばかりしていたので推進10m近い川底に潜って自作のヤスや鉄砲ヤスで魚を刺して遊んでいました。その際、潜るに従って水圧でゴオー!と音がして耳の中に水が入るので近くのヨモギをちぎって仮の耳栓をしていました。ヨモギは便利なもので石で叩いてその汁を水中眼鏡にこすりつけて曇り止めにもしました。傷の手当にもヨモギの汁を塗っていました。天然のヨードチンキですね。そんな遊びで覚えたのは耳に入った水を出す方法でした。大酒のみが『迎え酒』なんて言いますが、私は『迎え水』で、片方の手の平で水をすくって耳に入れてケンケン飛びで水を出すのです。今でも入浴の際に少し潜ってワザと両耳に水を入れて継ぎ水で出して居ます。そうする事で耳の中の耳垢も柔らかくなって風呂上りに耳かきをすると柔らかくて取りやすくなるのです。しかし硬い竹製の耳かきは粘膜を傷つけるので、私は細いピアノ線でループ状に造られた耳かきを使って居ます。これは耳に入れても角も無く撓るので傷つかず耳掃除には最適です。と言う訳で、耳にワザとお湯を入れてから注ぎ水で排出して耳掃除が私のやり方です。耳に水を入れるのを極端に怖がる人が多いですが、私は継ぎ水で出せるので平気です。耳鼻科の医師に話せば大反対されるかも知れませんが?そんな話をしていたら耳がムズムズ痒くなってきました。少し耳垢が貯まっているせいですね。
自分も1ミュージシャンとして、目はスティービー・ワンダーに、耳はベートーベンに近づいていると思いますね。(こんなこと書くとあちこちから怒られそう)
耳が開通したときの嬉しさは格別でした。父も難聴なのでなかば諦めてましたからね。何年ぶり、何十年ぶりに感じる爽快感、若さ、世の中は幸福に満ちている、という感じでした。