テナー・サックスを1本持っている。若い頃に手に入れたもので、歯が悪くなった今はほとんど吹けないが、かつては何人もの人を魅了した思い出深い品だ。
モデル撮影の小道具として、スタジオに貸した際のこと。扱いが心配だったのと組み立てや持ち方を指導するのに立ち会ったが、カメラマンが目を輝かせているので、撮影後に持たせたり、吹いてみせたりした。安いものではないので、興味があるなら後日にでも楽器修理店の中古の出物を探す方法などを教えようと思っていたのだが、なんとその日のうちに買ってしまった。サックスは格好いいが取り回しや手入れが面倒なので、その点も総合的に判断できるよう、自分で触ってもらったつもりだったのだが、そのへんはすっ飛ばしてパッションに走ってしまったらしい。
今と違って手頃な入門用などなかったのでそれなりの値段だったと思うが、まだ景気の良かった時代でもあった。何より欲しい楽器を買ったことがある人ならわかると思うが、手に入れた瞬間の幸福感は格別なものだ。その後上達できなくても三日坊主に終わろうとも、値段分の価値はあったはずだとは思う。
ともあれサックスは、人に見せると思わぬところで散財させてしまう魔力があるので、うかつに持っているとは言わないことにしていた。同じ人から3回サックスの話が出てはじめて、実は持っていると言うことにしてきた。そして近年にも、また金色の輝きに見せられてしまった人が現れた。
それくらい私のサックスは、人を惑わす魅惑に満ちている。演奏が、ではないところが残念だが。

実は、高校の時に吹奏楽部でトランペットをて放課後の空っぽの音楽室を独り占めして殆どPOPSや映画のテーマ曲などを気持ちよく吹いていました。バンドではセカンドパートでしたから主にマーチなどが主体でしたから息抜きに自分で選曲していた訳です。そんな訳でトランペットやコルネットには縁があったのですが、或る日、卒業生が東京から帰郷した時に、あの憧れのテナーサックスを持って現れました。試しに音を聞かせて貰った瞬間すっかり酔いしれました。あのキーの多さには3本のピストンのトランペットとは比較にならない操作の難しさを感じたものです。それからはお目にかかる機会も無く数十年後に触らせて頂きましたね。しかし2回目で感じたのは、とても肺活量が必要な楽器だと。しかしどうしてもサックスへの魅力が治まらずにアルトサックスの廉価版をネットで探して手に入れました。運指表は自分で作成し、同じE♭にカーポを合わせたギターで好きな曲の音を拾って書き手製の楽譜らしきものを作って練習しました。お蔭であのキーボタンの多いサックスでも何とか理解できるようになりました。しかし、困るのは練習場で、自宅で吹けば煩がられ、くるまの中では窮屈過ぎて、つい練習さえも思う様に出来ず、今は地下の自室の飾り物の様になって居ます。でも、憧れのサックスが手元にあるだけでも楽しいですね。数十万とかそれ以上の高価なものとは程遠いいですが。
数十万の楽器は、ふさわしい練習量がなければふさわしい音が出ないので、今持っていても同じような演奏しかできないはず。今までサックスは価格のせいで敷居が高かったですが、今は手頃な入門用が出回ってます。時代の恩恵と言ってもいいと思います。最近私は、今の自分はこれまで達成してきたことだけでなく、挫折や三日坊主だったことからもできていると感じます。勉強した覚えもないのに、なぜこんな知識があるんだろうということは、たいていそれですね。