子供用買い物カゴ

最近スーパーに行くと、普通の買い物かごのそばに、小さな子供用のカゴが置いてある。親のマネをしたがる子供のために、一緒に買い物を楽しめるようにというアイデアである。➀
という建前の、子供が勝手にお菓子をカゴに入れてしまうようにそそのかすアイデアだ。➁
マーケティングの面からいうと、➀のようなアイデアを表向きのコンセプト、➁のようなものをインナーコンセプトという。法律に反してはいないが、露見したら消費者が一斉にひくような悪企みのことである。

私はこういうアイデアが大好きだし、仕事でも常にこういうものを考え出すよう努力している。だが、一消費者としては少々業腹なので、スーパーの買い物の時は、なるべく子供用を使うことにした。

マーケ会議というのは、実にささいなことまで目を光らせて、喧々諤々の議論が起こる。子供カゴ導入にあたっては、裏表、あらゆる角度から綿密な議論が行われたに違いない。そして結局「他社がやってるから」という理由で実施される。マーケ会議とはそういうものだ。

「年寄りが、『かさばらないし、余計なものを買わなくて済む』と考えるかもしれない」
「北海道民はそういうパフォーマンスにすぐ飛びついて流行るので危険だ」
導入前にはそんな議論も当然あったはず。だから、目の前で事例が出たとき、企業はどうするか。そんなことを考えていると、ショッピングも実に楽しい。

囚人と食い詰め者の大地

北海道人は囚人と食い詰め者の子孫と言う人がいる.当然ながら,そういうことを言うのはほぼ道外の人である.私自身も,かなり若い頃から,何度もそういう言葉を聞いたが,結論から言うと,これは真っ赤なウソである.まず囚人は子孫を残せないし,道外で通用しなかった食い詰め者が生き残れるほど甘い環境ではなかった.

囚人というのは,網走刑務所が有名だから程度の認識で言ってるのだろうが,刑務所があるからというなら,東京拘置所や府中のほうがずっと有名だ.また多少歴史に詳しい人なら,樺戸集治監を引き合いに出すかもしれないが,ここに入れられたのは主に西南戦争で西郷側についた政治犯である.
では北海道の開拓者は,食い詰め者だったか.これはどちらかというとエリート集団だった.明治政府は全国の藩に蝦夷地開拓の許可を与えた.いわば戊辰戦争の論功行賞がわりである.全国の藩主は,自藩の植民地として新しい経済の柱にするため,家臣団を送り込んだ.藩をあげての事業であるから,家老クラスを中心に精鋭が送り込まれた.私自身,道内在住の加賀藩,伊達藩の家老の子孫に会ったことがある.
蝦夷地が植民地なら,開拓が終われば上級武士は帰国し,代官を置いて収益を送らせればよかったのだが,明治4年,開拓使は土地の所有者を現地の居住者に限るという通告を出した.藩が開拓地を所有することを認めないというわけだ.これは事業を成功させ,故郷に錦を飾ることを夢見ていた武士には酷な話で,多くの武士が帰国した.が,膨大な資金を投入した事業を手放すわけにもいかず,責任ある立場の武士が残って開拓地を経営することになった.北海道にはこういう人たちの子孫が大勢いる.高い能力と責任感を持ちながら,政治に翻弄されて貧乏くじを引いた人たちである.

しかし,北海道の開拓移民は明治時代だけではない.政府は太平洋戦争終戦後にも,大量の引き上げ者対策として,現在の別海町など,道東の原野への入植事業を行っている.この人達もまた,貧乏くじを引いた人が少なくなかった.

次回「移民たち」(2/2)公開予定
乞うご期待!