目黒のサンマという落語の演目がある。日頃安全管理されすぎて味も素っ気もないものばかり食べていた大名が、目黒で庶民と同じサンマの塩焼きを食べて大感激する話だ。誇張はあるが、実際の大名の食事も美食とは程遠いものだったらしい。出典は忘れたが、江戸時代の初期、将軍に拝謁するため江戸城に集合した大名が持ち寄った弁当を食べることになったが、上杉家当主の持ってきた弁当には鮭の塩焼きが入っており、それが珍しいと大名同士で味見をしあったという記録がある。
戦国時代が終わったばかりで、侍社会もまだ質実剛健だった話だが、江戸時代が進んでも大名の食事は安全第一なだけでなく、好き嫌いも言えず、決められた時間に決められた量だけ食べておかわりもできず、残しでもしたらたちまち医者に診させられたらしい。サンマを蒸してから毛抜で小骨まで抜いてから供されたという落語も、あながち嘘ではなかったようだ。
で、HACCP(ハサップ)である。NASAが定めた食品製造の衛生管理手法で、宇宙飛行士に万が一の食あたりなどがないように定めたものだ。さまざまな食品製造工場がこの基準に合わせて操業しているが、このたびさらに、漬物製造でもHACCPの採用が義務付けられるらしい。莫大な設備投資が必要になるだけではなく、材料の扱いから温度など、漬物屋で修行したこともないNASAの素人が決めた基準を守れという。地域のお婆ちゃんが納屋みたいな場所で作ってたおいしいいぶりがっこは売れなくなり、消費者はリアルな大名の食事を強いられる。ということでタイトルをなんとかサゲにつなげたが、なんともおあとがよろしくないようで...。