フラットブレッドの時代

高くなった米を麺類やパンなどの小麦食にする人は多いだろうが、小麦主食圏ではポピュラーなのに、日本ではあまりしない食べ方がある。フラットブレッドがそれだ。
フラットブレッドは小麦粉を水で練って、薄く伸ばして火を通したものの総称。フライパンで焼く、油で揚げる、オーブンで焼く、蒸し器で蒸すなど、世界中にさまざまな加熱法がある。水で練った小麦粉は、加熱しすぎると煎餅のように固くなるので、イースト発酵で膨らませたり、パイのような層を作ったり、短時間の強火や油で加熱し水蒸気で中から膨らませたりと、柔らかくするためのさまざまな技法が凝らされてきた。
シンプルなフラットブレッドはどれも似ているが、そうめんとうどんが違うように、味わいが微妙に違う。食べ方も料理を包んだり上に乗せたりとさまざま。ちぎりながら食べたり、スープ類にいれることもある。
日本人は米が好きだが、小麦食もけっこう好きなはずだ。インド料理店はナンが楽しみという人は多いし、ピタで挟むドネルケバブサンドもあっという間に普及した。餃子も手作りは皮がうまいと言う。米より歴史が長く、世界中で食べられてきたフラットブレッドは、日本人にも合うはずだ。


フラットブレッドの難易度
★ 簡単 ★普通 ★けっこう難しい ☠️チャパティの直火焼きは、一応おすすめしないこととする。

●非発酵のフラットブレッド
春餅(チュンピン):北京ダックを包んで食べる小麦粉の皮。ニ枚重ねてより薄く伸ばすのがコツ。(★)
葱餅(ユーピン。ツォンピン):伸ばした生地に油を塗って刻み葱を散らし、一度巻き取ったものを切って伸ばす。焼き上がりはパイ状の層ができる。葱だけでなく、刻んだ豚の脂身も散らすと油餅、油葱餅と呼ばれる。動画にはないが、葱と一緒に塩を振っておくとなおうまい。(★)
油餅(ユーピン):生地を揚げたもの。味は中華おかゆについてくる油条(ユーティァオ)と同じようなものだが、こちらのほうがずっと作りやすい。というか油条は中国でも家庭では作らない。(★★)
・酥(スゥ):中国式のパイ生地。洋菓子の折込パイなどに比べると、ずっと簡単。ラードを使うので、さっぱりとした味わいになる。具を包んで焼き上げることが多い。(★★)
ロティ(ROTI):インドのフラットブレッド。これをきれいに膨らませられないと嫁に行けないらしい。動画のように焼きながらふくらんだ部分を押し付け、中の蒸気を上下がくっついている部分に押し出して、全体を上下2枚の皮にふくらませるのがコツ。(★★)
チャパティ(CHAPATI):インドのフラットブレッド。フライパンで軽く焼いた後、ガスコンロの直火に乗せてふくらませる。直火ならではのうまさがあるが、見た通りバイオレンスな作り方なので、火事になってもここで見たとは言わないこと。(☠️)
トルティーヤ:メキシコ料理。とうもろこし粉で作るが、小麦粉製もある。本場では専用プレスで伸ばすが、麺棒でもできる。出来上がったものからキルティングでできた専用のケースに入れる。このケースは、水滴ができず温度と柔らかさを保てるので、他のフラットブレッドにもいい。(★)
・クレープ:ヨーロッパほか、各国にある水分が多くゆるい生地を流して焼く手法。自分では作らないので動画紹介はなし。(★)

●発酵させたフラットブレッド
ピタ(PITAS):ドネルケバブサンドに使う、中空のフラットブレッド。フライパンだけでも作れるし、下記のように魚焼きグリルの併用でもできる。オーブンを使う動画も多いが、かなりの高温で短時間に焼き上げないと固くなってしまう。(★★)
ナン(NAAN):家庭でタンドールは無理だが、伸ばした生地に水を塗って厚めのプライパン貼り付けて焼き、ところどころ膨らんできたら魚焼きグリルに移して上面を焼くと、かなり再現度の高いものができる。水ではなくプレーンヨーグルトだけで作ると、専門店のような独特の軽さを感じる仕上がりになる。(★★)
ピッツア(PIZZA):ふんわりとしたナポリ風、薄くてパリッとしたミラノ風、パンに近いアメリカ風など、ピッツア生地の種類は多い。イタリアのパンの作り方の特色は、少なめのイーストを水や小麦粉をまぜて一晩置く、「ビガ」と呼ばれる元種を作ることにある。
割包(クーバオ):蒸して作る。角煮を挟むのでおなじみ。フラットブレッドかどうかは微妙な形である。角煮だけでなく野菜炒めなどで食べてもおいしい。むしろご飯に乗せて食べるよりおいしい気がする。(★)
ドネルエクメキ(DONER EKMEGI):最近動画でよく見るトルコのパン。普通のパンをオーブンで焦げ目がつくまで焼くと、中が乾燥気味になることが多いが、これは見たとおり香ばしくかつしっとりふかふか。水分量の多い生地と表面に塗るヨーグルトのおかげだろう。ごく柔らかい生地の独特な扱い方と休ませながら畳むやりかたは、中国の油条や、最近アメリカで流行ったこねないパンに通じるものがある。ただしそれらよりは遥かに簡単だ。上記の、魚焼きを使ったナンの作り方なら、多少人数の多い家庭用にも、十分な数があっという間に出来上がる。(★)

●特記
・中国語で餅(ピン)は、小麦粉を練ったものをさす。
・海外のレシピ動画でパンなどに使う小麦粉は、圧倒的に中力粉が多い。英語で「all purpose flour(多目的粉)」、中国語は「中筋粉」。日本のスーパーでは置いてないところもあるが、あれば薄力や強力より安い。食品工業用や業務用での使用量が多いからだそうだ。また、仕上がりの違いは粉の種類ではなく腕で決まるので、ざっくりいうと小麦粉はどれを使ってもいい。強いて言えば薄力粉はデンプン質が多いので味が良いが、冷えるとモサつくので出来立てを食べるのがいい。強力粉は、味のしないタンパク成分が多いので旨味に欠けるが、日本の菓子パン的な仕上がりになるので冷えてもふっくらしている。伸ばしにくいのでこねるのは重労働になる。中力粉は使いこなせば両方のいいとこどりになる。
・ナンは、日本ではインド料理店でおなじみだが、本場ではごく一部の地域の、タンドール窯のある店でしか作らない。ほとんどのインド人は来日して初めて食べるそうだ。
・ロティの動画に登場する女性は、インドのベジタリアン料理研究家のマンジェラ女史。投稿歴が長く、膨大な数のベジタリアン料理を紹介している。インド料理の奥深さを感じる。
・ピタは、湾岸戦争で米軍が現地調達したことからアメリカのデリカテッセンなどに登場するようになり、やがて世界中にひろまった。こういう中空のフラットブレッドも、名前違いで世界中にあるが、例えばインドのロティは非発酵なので薄く、香ばしい。小麦のトルティーヤはそれよりやや厚めで、ピタはさらにふっくらとしている。ちょっとした違いで味はけっこう違うが、どれもうまい。
・ナポリ風の柔らかいピザの作り方は、無数の動画がアップされていて、どれも相当な凝りである。どうやら自家製ピザ生地作りは、日本でいう蕎麦打ちやコーヒーのようなこだわり派がいるジャンルらしい。ビガも、以前は少なめの小麦粉をたっぷりの水に溶かしたゆるゆるのものを一晩寝かしたが、今はそばの水回しのようなポロポロした状態で寝かせるのが主流らしい。さらに、レンガや泥でピザ窯を作るところまで、こだわり道がつながっているようだ。米の高騰への緊急避難という当記事の主旨からは離れるが、興味のある人は奥深いピザの世界にのめり込むのも面白いだろう。
・フラットブレッド以外にも小麦粉を活用したい人には、ウー・ウェンの北京小麦粉料理という本がうってつけだ。

乾蕎麦の美味い茹で方

蕎麦好きには2タイプいる。1つ目はこだわり派。蕎麦は新蕎麦の挽きたて、打ち立てでなくてはと言い、つゆに否定的で塩や水で食べたりする人だ。そこまでいくと保健所か研究所の官能試験のようだ。もうひとつが大酒飲みならぬ「大蕎麦食い」。落語の蛇含草に登場するそば清さんのような人は昔からいたらしい。大盛り、大ざるしか注文したことがないというような人で、自分もそちらに近い。

で、本題だが、動画サイトに乾蕎麦の美味い茹で方がいくつかあった。ポイントは
・前もって水に漬けておく
・少量の油を入れて茹でる
・包装の目安の半分の時間で茹でてすぐ氷水で締める
というところだ。試してみると、水に漬けるとどうしても表面が溶け出して少々感じが悪いし、かなりもろくなり茹で湯に移すときに折れやすい。油を入れるのは理由がよくわからない。指定された半分の時間というのはあくまで目安で、自分の場合は芯が残った。などの不審点はあったが、氷水で締めた段階で表面のぬめりはとれ、乾麺ならではのざらつきはなくなり、口当たりが良くなったように思う。
機械乾燥で芯まで乾燥している乾蕎麦をそのまま柔らかくなるまで茹でると、表面が茹ですぎになってしまう。本来のポテンシャルが引き出せないので、先に水分を吸わせるということではないだろうか。
もちろんこだわり派が満足するようなものではないが、これは新しい美味の発見というより、とにかく蕎麦を食いたいそば清さんたちのための工夫だ。乾麺だからだめ、と言ってしまうとパスタやそうめんの立つ瀬がない。まだまだ旨く食べる工夫が足りないだけだと思う。せっかく(?)米の高騰で、米以外の主食に注目が集まってるのだから、乾麺メーカーの奮起に期待したい。

ヘビースモーカーの思い出

前回ベーコンの記事で、自分で燻製するとうまいと書いたが、燻製器を自分で設計・製造し、販売しようとしたことがある。

その昔、オリジナル製品を製造・販売したいという大工さんに、燻製器を設計した。大工さんというのは、木材加工スキルがあるだけでなく、電動工具を備えた工場や重機を借りたり、安い時期に建材を仕入れて在庫していたりという風に、さまざまなノウハウを持っているものだ。それなりに顔も広いので、あとはアイデアがほしい。請負だけの仕事から脱却したいというのだ。そこで提案したのが、上級マニアや小規模飲食店向け燻製器「ヘビースモーカー」である。

ホームセンターで手軽に手に入る燻製器はいろいろと難点があって、まず金属製は煙から出る水蒸気と酢酸が結露し、内側に黒くて苦酸っぱい味の水滴ができてしまう。食材に垂れてくることもある。また内部が狭いので煙が直接食材にあたりやすく、黒くて苦い箇所ができる。木製のものは水蒸気を吸うので仕上がりは良いが、どうしても大型になりやすいく初心者には手を出しづらい。ダンボール製は手軽な割に優秀だが、水蒸気で濡れてすぐダメになる。

そこでコンパクト・サイズながら、上に枠を継ぎ足すことで段数を増やしたり、蓋の内側のフックから吊るして、バラ肉ブロックやサーモンでも燻蒸できるようにした。最小単位は比較的安価に設定し、上置き枠の追加購入で稼ごうとしたわけである。一般的な燻製器を購入した人は、すぐにもっと背の高いものが欲しくなるはずで、徐々に大きくするなら購入の抵抗感も少ない。そういうヘビーユーザーを狙ったスモーカーというコンセプトだった。ちょっとした飲食店でも使えるし、さらにロッカーや物置サイズなど大きなものが欲しいなら、それこそ大工さんの出番という狙いもあった。そして試作機も当たり前だが簡単に作り上げ、テストは大成功だったのだが...。

あまりにもうまく行き過ぎて、キーマンの大工さんが燻製作りにのめり込んでしまった。ビジネス・ドリームではなく、スローライフを追求してしまったのである。そして彼の日々の生活に潤いを与えていた試作機も、知人に貸したら帰ってこなくなった。人をスローライフに引きずり込む魔性のアイテムである。アイデアも品質も申し分なかったが、自分も含めて何が何でも売ろうという根性のほうは、煙のようにはかないものだった。

heavysmoker
説明用に作ったCG(再現)。これだけできてれば、説明はいらないと言われた。CGの本領発揮である。
錆びやすい釘も接着剤も使わず、コンパクトに畳んだ荷姿で届き、
ユーザーが木釘を打ち込んで仕上げるという念の入ったスローライフ仕様だった。