ドネルエクメク

下がり始めたとは言え、米の値段は相変わらず高い。SNSなどでは、しばらく米を食べていない、パンと麺類になじんだので多少安くなっても米食には戻らないなどの声もある。しかし、食事は楽しみでもあるのだから、いつまでも我慢し続けるのは精神衛生上よくない。そこで日本人に我慢ではなく喜ばれる小麦食として、トルコあたりの一般家庭で作られている「ドネルエクメク」を紹介したい。

日本人が好きなパン類には特色があるように思う。肉まん、インド料理店のナン、ミラノ風のピザの耳部分など、水分が多くてふっくらもちもちのタイプだ。
トルコのフラットブレッド、ドネルエクメクは水分が多く柔らかい。ちぎってスープ類に放り込んで食べてもいいし、ピタのようにおかずをはさんでもいい。食パンやフランスパンと違って、きんぴらごぼうでもなんでも挟んで食べても違和感がない。サバの塩焼きサンドなどはそのままトルコの名物料理なので、焼き魚もぴったりだ。基本的にはできたてを食べるものなので、主食の米だけは自宅で炊いてきた日本の食習慣にも合う。また、動画を見れば一般的なパンづくりと違い、ボールの中でできてしまう上に、それほど生地をこねていないことに気がつくだろう。ふつうコネの足りない小麦粉生地は膨らみが弱いし、冷めた時にしぼむことがあるが、ドネルエクメクはコネの手間もかからずに、いつまでもふかふかのパンができる。ふくらむ原理が違うのかも知れない。

<材料>
温水500ml
牛乳250ml
サラダオイル 40ml
イースト 5g
中力粉 1kg
塩 小さじ1

<作り方>
①材料をボールに入れ、箸やスケッパーで混ぜる。2倍程度にふくらませる。
②ざっとまとまったら、手で、タネを下から持ち上げて上に被せるようにしてこねる。
③台に出して小麦粉を振ってざっとまとめ、分割してプレーンヨーグルトを塗る。
④焼き時間は250℃で10分とあるが、300℃になるオーブンなら5分程度で焼き上がり。

<コツなど>
②の手つきとタネの柔らかさがポイント。最初はべたつくが、やがて手につかなくなる。かなり水分の多いタネなので、一般的なパンのようにのし台、のし板は使わない。それらが無くても作れるということでもある。たねの固さや扱い方は中国の油条(ユーティアオ)やフォカッチャに似ている。
③でのガス抜き、二次発酵はあまり意識しなくても大丈夫。上に塗るヨーグルトは重要で、何度かに分けて焼いても、整形済みの生地の表面が乾かない。ヨーグルトに卵黄とオリーブオイルを入れるレシピもあり、食欲を誘う焼き上がりになる。さらにすりおろしたニンニクを入れると、味わいがぐっとイスタンブールになる。そのまま酒のつまみになるような香ばしさが出てくる。(イスラム圏だが・・・)
④焼成温度は高ければ高いほど、時間は短いほど良い。2回めに焼くときには時間を置いて庫内の温度を上げるほうがいいかもしれない。より高温でより短時間というのは、ピザにも通じる、含水量の多いパンの基本だ。
※中力粉は置いていないスーパーもあるが、海外のレシピ動画などでは万能粉、多目的粉と呼ばれていて、薄力や強力より使い道が広い。日本でも麺類などの工業用として一番多く使われているので、店頭にある場合はたいてい一番安い。

日本の製パン会社は食パンをいかに柔らかく、水分が多くねばりのある味わいにしようとして努力しており、なかなかいい線いってはいるが、長く見ても100年ちょっとの歴史しかない。ドネルエクメクは、日本のパン食どころか、米食よりも遥かに古いメソポタミア1万年の小麦食の歴史から生まれた味だ。日本の食卓にもすぐ馴染むと思う。

食材で遊べ / ジャガイモとベーコンのスパゲティ

最近時々作るメニュー。一流シェフのレシピではなく家庭の味をめざし、適当にイタリアっぽく作っていたものだが、なかなかいい感じだ。なので、これは本場では一般的なメニューかもしれないと思いAIに名前を聞いてみた。すると、
あなたのレシピをイタリア人が見たら、かなりの確率でこう言うと思います。
「それ、うちの祖母も似たの作ってた、でも名前は知らない」

とのこと。そういうのがいいんだよ、ということでセッションをPDFにまとめてみた。

日本人も、米に関してはお茶漬けや納豆ご飯のような、レシピの必要もないようなものをよく食べている。食べたからといって自慢もできないが、語り始めたら誰もが自分なりの工夫やルールがある。米食の文化は、技巧を凝らした料亭の一品ではなくそういうところにあるのだと思う。
米の価格が高騰し、家庭では米からスパゲティなどへのシフトが起こっているようだが、いつまでも「代用食」扱いでは満足感がないし、イタリア人にも失礼だ。このセッションの中には、ごく普通のイタリアの食文化の一端がよく現れていると思う。

※食材で遊べ
食べ物で遊ぶのはいけないが、食材で遊ぶのは料理だ。

政府備蓄米

昨年末に政府備蓄米を買った。5kg1980円と流石に安い。袋には「国産備蓄米」と大書してあるほか、精米日は書いてあったが生産年度の表示はなかった。精米は買ったスーパー自身ということになっている。
あれだけ大騒ぎになったのだから、見つけたら絶対に買ったはずだが、店頭で見かけたのは今回初めてである。出回った量そのものがかなり少ない印象だ。平成の米騒動の際は有権者からの要望を待つまでもなくタイから緊急輸入された。あの時できたことがなぜ今できないのか、よくわからない。

米そのものは古いものなのだろうが、精米日が近いので外見上の問題は見当たらない。白化した米粒が多少あるが、これは古いからではなく最初から含まれていたもののはず。高級銘柄を備蓄するはずがないので、もともとこの程度のクオリティだったのだろう。肝心の味は粘りやコシは弱く、さすがに良くはない。

こういう米を見ると、寺で生まれ育った自分は別な感慨がある。よく僧侶には肉食、飲酒、妻帯などの戒律があると言われているが、実際それらは国や宗派、時代、師匠や僧侶の考え方やによって違い、修行時期だけのものだったする。だが、これだけは守らなくてはいけない戒律以前の心得が、「供された食べ物はすべて食べる」ということである。どんなに貧しい家庭の粗末な食器、料理でも、極端な場合は病気かもしれない人からのものでさえも全てだ。
さらに昔は「供米」という風習があった。信徒さんが食べている米の一部を袋に詰めてきたり、農家がその年の収穫を持ってきたするのだが、当時の北海道の米は味が悪かった。さらに不作の年も多く、そんな時は白化だけでなく緑色だったり粒が小さかったりで、味も今の備蓄米のほうがはるかにましだ。新潟県人なら我慢できないが、料理上手なら使いようがあるというところだろう。

若い人に聞くと給与は上がりつつあるが、物価の高騰には追いついていないらしい。若いうちは勉強、教養、デートと、一生に関わることに金がかかる。味は我慢してもらうこととして、備蓄米が若い人が優先的に手に入り、せめて腹一杯に食べられるようにできないかと思った。