SNSを再開してみた

最近ウクライナ情勢を検索すると、現場で撮ったTwitterの動画が多数見つかる。マスメディアやブログとはスピードが桁違いなので、サービス開始直後に登録してすぐやめてしまったTwitterを登録しなおした。自分で書き込まずに、他人の記事を読むだけというのはマナー違反なのかもしれないが、さすがの情報の速さである。何しろ現地の人がリアルタイムで動画をアップしているのだ。

だからと言って生々しいものばかりではなく、例えば多数の戦車が貨物列車に積み込まれて運ばれていくところだったり、敵が放棄した車両に慎重に近づいて中を覗いたりというような動画も多い。
ニュースなどは大砲を撃ったりミサイルが爆発するといった「絵になる」シーンしか出さないという点で、戦前のニュース映画と変わらないが、実際の戦場では戦闘のための準備や、終了後の現場のチェックなどに多くの時間と労力を割いていることがわかる。そのへんは一般の仕事と同じだ。おそらく敵味方双方とも、多くの兵士は勝ってるのか負けてるのさえかもはっきりつかめないまま、運んだり歩きまわったりというような作業をこなしているのだろう。だからこそ、そう簡単に講和というぐあいにはいかないのかもしれない。

現場の生情報に接することで、マスメディアのヒステリックな観念論に振り回されずにすむ、というのがSNSのいいところだと思う。YoutubeもSNSに含まれるそうなので定義はよくわからない。ほかには、Facebookもカナダ人の友人のおすすめで登録してみたが、肝心の本人がさっぱり更新しないので、こちらもやめてしまった。世界的にもfacebook離れが進み、業績も下がっているという。Blendrも最近はあまり見なくなったが、Pinterestはいまだにお気に入りである。

フィルター・バブルとまとも検索

フィルター・バブルという言葉があるそうだ。膨大な情報の行き交うネット世界の中で、我々は、特定の情報しか通さないフィルタでできた大きな泡の玉に閉じ込められているようだという意味である。確かに今は、個人の検索やサイト訪問履歴から推定されたユーザー像に合わせて検索結果が絞り込まれ、さらに広告主のものが優先されるので、毎回同じような結果が表示される。世界中の情報量は増えているはずなのに、大昔のネットより新しい発見が少ないような気がする。これは自分が自分であることをやめない限り仕方がないのかなとも思っていた。

そんな中、官公庁の公式発表や研究者の発表物だけを表示する、その名も「まとも検索」を発見した。

まとも検索

まとも検索で表示されるのはお硬い情報が多いのだが、決して読みにくいものばかりではない。それまで知らなかった知識にたどりつく確率はむしろ高く、はじめてネットに接したころの、世界が広がっていく感触を味わうことも少なくない。

カリブの海賊

「海賊船ハンター/カリブ海に沈む伝説を探せ」を読んだ。現代のトレジャーハンターが、17世紀のカリブ海に沈んだ海賊船を発見するまでのノンフィクションで、個性的な主人公たちが謎を解きつつ困難に立ち向かう姿も読みごたえがあったが、そこで語られた海賊の実像に驚かされた。

17世紀、アメリカ独立以前のカリブ海では、イギリス、スペイン、フランスなどが新大陸での利益を巡って絶えず争っていた。戦ったのは海軍の軍艦だけでなく、国から「私掠船」という、敵国の船を略奪する許可を与えられた、いわば公認の海賊もいた。当時の商船と海賊船は、どちらもガレオン船といういかにも帆船らしい船で、大砲を備えていた。私掠船免状ひとつで商船が海賊行為を行えたのもそのせいだが、中にはそのまま本物の海賊になってしまったものもいた。ちなみに当時の日本の出島にあった「オランダ東インド会社」は、経営が悪化するとポルトガル船に対して私掠行為を行っていたらしい。

「海賊船ハンター/・・・・」の海賊船、「ゴールデン・フリース号」の船長ジョセフ・バニスターは、私掠船船長ではなく海賊中最強最悪と呼ばれる人物だ。もともとはイギリスとカリブ海を航行する商船の船長として非常に高い評価を得ていたが、突如、指揮していたゴールデン・フリース号を奪い、そのまま海賊となった。一度はイギリス海軍に逮捕されたが、ふたたび同船を奪って決死の脱出行で逃走。海賊を続けた。
バニスターはその残虐ぶりでも有名で、捉えた船の乗員乗客に対し、「生きたままどうしたこうした…」というような、とてもネットには書けないような行為を繰り返した。その一方で獲物はすべて山分けで、配分も船長が2倍とるほかは手下全員が同じ額。また必要経費は船持ちで、作戦や活動方針なども下っ端まで含めた全員の決議で決めていたという。当時は海軍や一般の商船でも、下っ端は奴隷同然の虐待を受けていたというから、バニスターは、時代を何百年も先取りしたような民主的な人物でもあったらしい。現代では到底ありえないが、自由でスケールの大きな男たちが、大胆不敵な冒険を繰り広げていた時代だったようだ。