Clifford Brown(1930 – 1956)の作曲。クリフォード・ブラウンは25歳で交通事故で亡くなるまでのわずか5年の活動期間中で、類まれな名演奏でJAZZの歴史に名を刻んだトランペット奏者。この曲は彼の妻に捧げたものだが、本人の演奏は残っていないので、ケニー・ドーハムの演奏を紹介する。

ポカリスエットが、リターナブル容器を発売する。昔ながらのガラス瓶に王冠、飲み終わったらお店に返すあれである。
ガラス瓶の清涼飲料水が、スーパーやコンビニ店頭から姿を消して久しい。完全に製造されなくなったわけではなく、ものによっては酒屋さんなどに頼むと手に入るものもあるらしいが、特別なケースだろう。物流に負担が増えるので、まさか復活するとは思わなかった。
ガラス瓶にする理由は環境保全だそうだが、間違いなくペットボトルより旨いからだと思う。清涼飲料水は嗜好品だ。暑いなあ、喉が乾いたなと思ったときに、瓶についた水滴を愛で、手にとって重さと冷たさを感じ、スポンと王冠を跳ね飛ばしてぐいっとあおる。そのすべてが”シズル”であり味のうちなのである。
最近はたちの悪い病原菌だの20世紀の亡霊だのがはびこり、年を追うごとに悪いことが増えるのではないかと思っていたところに、まさに一服の清涼剤を得た思いだ。そもそも味や鮮度を届けるための進化はガラス瓶と王冠までで、そこから後の変化は流通側の都合にすぎないのだとわかる。それでも初期のペットボトルはガラス瓶を意識してそこそこの硬さがあったが、近年のものは極薄で掴み方に気をつけないと溢れ出てくる。東南アジアの屋台のビニール袋入りジュースと変わらない。いや、ジュースはストローをつけてくれるだけマシか。
そしてガラスボトルといえばなんと言ってもコーラだ。昔はよく飲んだが、缶入り、ペットボトルになるにつれて飲まなくなった。ロゴをつけたからと言って缶入りやペットボトルは別の飲料だから、郷愁も感じなければ青春の日々が蘇るわけでもないが、ガラス瓶入があったら懐かしくて買うだろうと思う。そして昔流行っていたあの飲み方、空手チョップで瓶の首を切り飛ばして、一気にあおるのである!(※ウソです)

JRが、鉄道の電線工事のために開発されたロボットを公開した。ロボットはすでにさまざまな分野で活躍中だが、このJRロボのほうが、人工知能で会話したりするものよりも、なぜかずっと”ロボットらしさ”を感じる。下半身が足ではなくクレーン車の作業アームに取り付けられてるのだが、大きさのせいか、ポーズまでさまになってるように感じられる。
その昔、建築会社に務める友人とエイリアン2を見に行った。この中で、主人公がパワーローダーというロボット型の工作機械の中に入って操作し、デッキで荷物運びをするシーンがあった。見終わった後、友人の話はパワーローダー一辺倒になってしまった。何でも深刻な人手不足で、あれがあれば効率的なだけでなく、若い人が喜んで来てくれるに違いないというのだ。そして
「特撮だとはわかってるが、あそこまでできてるなら、実はなんとかなるんじゃないか」
というようなことをいつまでもつぶやいていた。
それが36年前のことである。JRロボを見たとき、お待たせしましたと言われたような気がした。