楽器指導サイトの進化

ネットを通じて、楽器の演奏を指導するサイトが充実してきた。もともとそれなりにはあったが、新型コロナウィルスの感染拡大以降、数が増え、機能も向上してきた。下記はジャズ・バイオリニストでバークリー音楽院の講師でもあるJason_Anick氏の指導サイトの様子。
※画像クリックで、サイトに移動します

1曲ごとに動画と楽譜があり、楽譜には演奏経過を示すカーソルが動くほか、店舗自体も10%刻みに早くも遅くもできる。メトロノームの音を入れたり、ピアノの鍵盤位置を表示したり、個人の練習には十分な機能が揃っている。こういうセットが10曲で、$25は格安だろう。
このサイトでは他にも、ギターやサックスなど、いろいろな楽器やジャンルのミュージシャンの指導を受けられる。おそらくはここだけではなく、同様の指導サイトが増えるだろう。弾きたい楽器名と曲名を検索するだけで、その指導サイトにたどり着ける時代はもうすぐだと思う。

サンフランシスコ1906

1906年のサンフランシスコの中心部。古い映画フィルムは、再生レートの違いで早回しになってしまうものが多いが、これは実際の速度に近づけるよう編集したものらしい。路上は自動車、馬車、歩行者、そしてケーブルカーが入り乱れて通行している。

そう、ケーブルカーである。これは現地で今も残る現物を見た方には常識なのだろうが、電車ではない。だからいくら探してもパンタグラフも架線もなかった。ケーブルカーといえばゴンドラを吊るすものしか思い浮かばないのだが、一方「サンフランシスコのケーブルカー」については名前くらいは知っていて、写真等で見てもいる。よく考えると不思議に思わなければならなかったのだが。

サンフランシスコのケーブルカーは、路面に這わせたケーブルが常時動いていて、運転手は車両の下の「グリップ」を操作し、動き出すときにケーブルをつかんで、停止のときに離す。今回始めて知って、驚いた。どこで、どんな動力で街中のケーブルを引っ張っているのか、どこかで断線したら、全線不通になるのか。興味のつきないシステムだ。

そして、この時代には信号がない。調べてみると、初めて電気式の信号が設置されたのは、1914年8月8日、オハイオ州クリーブランドで、黄色が加えられた3色灯式信号機は、1918年のニューヨークが最初だそうだ。発明したのはアフリカ系アメリカ人のギャレット・モーガンである。
余談だが、モーガンの祖父は元奴隷(!)で、南北戦争で南軍の(!)大佐として活躍した、ジョン・ハント・モーガン。母親もインディアンとの混血の奴隷だったという。モーガン一家の映画ができそうだ。アメリカの歴史もなかなか奥深いと思う。

Autumn Leaves

ご存知「枯葉」。Joseph Kosma (1905 – 1969)による、シャンソンの名曲。

なんと、パブリックドメイン曲にこんな大物が残っていたとは…。枯葉は、マイルス・デイビスのほか、実に様々なジャズメンによって演奏されてきた。今でもとりあげる人が少なくないので、それほど古い曲だとは思わなかった。今回は、ビル・エバンスの「ポートレート・イン・ジャズ」から。

若い頃から、クラシック、ジャズ両方の世界で将来を嘱望されていたピアニストだけあって、シンコペーションの使い方が高度で、緊張感に溢れている。そのへんを「スウィングしていない」と批判する人もいるが、ジャズピアノの可能性を切り開き、多くのピアニストの目標となったことは間違いない。日本人が特に好きなジャズメンでもある。

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