東京オリンピックを成功させたい

目下謎の連休中である。東京オリンピック開幕に合わせた今年だけの措置だそうだが、コロナのために順延となり、意味不明な連休になってしまった。オリンピック延期を決定したときは、夏になってコロナが収束し、開催しておけばよかったという具合になればいいと思っていたが、甘かったようだ。モグラたたきのように、治まったかと思えば別のどこかで感染が広がる。拡大のピークを超えた日本でもそうなのに、アメリカやブラジルのことを考えれば、世界に門戸を開く大イベントなど、もってのほかという人も多いだろう。ただ、それでも私は来年の東京オリンピックに、成功してほしいと思う。

1964年の東京オリンピックは、日本の復興と平和への誓いを全世界にアピールするという大きな意義があった。それに比べて今回は、日本で開催する意味があまり見いだせず、いっそライバルのイスタンブールに決まっても良いのではと思っていたほどだったが、もし来年開催ができたなら、世界的、かつ歴史的に大きな意義があると思う。

オリンピックが開催できるシチュエーションとして、何より望ましいのは、来年までにワクチンや画期的な治療法ができて、コロナの脅威が去っていることだ。が、それが無理で現在と同程度の蔓延状況だったとしても、開催できるような仕組みを作れないかと思う。例えば誘致時点ですでに言われていた、世界中への競技のバーチャル配信。競技場の内外だけでなくあらゆるアクセス経路を世界最速スパコンでシミューレションし、感染拡大を防ぐ動員体制を作る。さらに競技ごとに新しいユニフォームや器具、場合によってはルールも見直す。情報化や医療でのソフト、ハード、制度の改革や国民の参加で、コロナをコントロールしてみせるのである。

現在世界のリーダーシップは経済力や軍事力の大きな国が握っており、日本も大国に見合うだけの貢献を求められている。が、オリンピックの成功で、経済力や軍事力ではない、ITや医療、インテリジェントな施設やトラフィックなど、健康、安全に関するジャンルで世界にリーダーシップを示せないものかと思う。オリンピックをきっかけに、保健衛生技術やノウハウが世界に拡散し、日本からコロナとの終戦、復興が広がる。そんな大会にならないかなと思う。

李子柒 / キュウリ

今回の李子柒はキュウリ。最近は更新が多い。

黄瓜は中国式で日本では胡瓜と書くのだと思っていたが、両国ともどちらも使うらしい。我々のよく知るキュウリは未熟な緑色のものだが、中国では黄色く大きく熟してからも、漬物で食べるようだ。漬物に使った独特の瓶は「泡菜壇(ポーツァイタン)」と言うらしい。
かぶせた蓋の周囲に水を張るので、発酵で出たガスは外に出るが外気や雑菌は入らない。うまくできている。昔は中国物産展で小型の泡菜壇に入った漬物を売っていた。意味ありげだがそういう装飾かと思っていたが、この動画シリーズで初めて使い方を知った。今は中国製の漬物も普通のガラス瓶詰めのようだ。

今では信じられないかもしれないが、日中国交回復直後は中国物産展が花盛りで、中国製食品といえば、素朴な無添加手作りで、日本製よりむしろ良心的というイメージさえあった。それが毒入り餃子事件で評価が一変してしまった。あれも日本人が憎いというより、エライさん同士の派閥抗争の中で、対立相手が日本企業と協力して進めていた事業にダメージを与えるために起こしたものらしい。醜い権力抗争はどの国にもあるだろうが、日本なら、たかがそんなもののために食べものを粗末に扱うなどもってのほかだが、中国では権力争いこそが天下の一大事で、たかが食べ物のことなど取るに足りない、という考え方の違いがあるようだ。が、愚かなことをしたものだと思う。

小麦粉を水で溶いて薄く焼き、おかずを包んで食べるのは世界中にある食べ方で、中国は餅(ピン)、メキシコではトルティーヤ、インドのパラタと名前は変われど同じものだ。

CATS映画版

ブロードウェイ・ミュージカルの金字塔「CATS」の映画化。2019年にアメリカで封切りされた際には、「1から5の5段階評価で言えばタマネギ」と言われるほどの酷評を受けて大失敗した。日本公開は2020年春の予定だったが、コロナで公開中止。今回ようやくレンタルになった。海外での不評は、主にCGでネコ化された登場人物が気持ち悪いという点だが、予告編を見て、「そこまで言うほどでも」と思った日本人の予想を裏切り、現在ネットでは絶賛大ブーイング中である。

私も「そこまで言うほどでも」と思いつつ視聴したクチだが、ああ、なるほどねえというのが感想だ。言いたいことはいろいろあるが、それらの細かい不満を積み重ねても、この映画の問題点を説明できないし、同じくらい見どころもあるといえばある。ネット上でもブロードウェイ版を見た人、劇団四季版を見た人、そしてどちらも未見の人、それぞれが違う不満を感じているようだ。

問題のネコ人間化は気にならなかった。むしろ、昔のメイクがそんなに素晴らしかったかと探してみたら、舞台のほうがずっと素っ頓狂だ。子供向けショーでもこれはないだろうというくらいなのだが、比べてみたおかげで映画版の違和感の正体がわかった。
それではミュージカル版(1980)のエレイン・ペイジと、映画版(2019)のジェニファー・ハドソン、2匹のグリザベラが歌う、名曲「メモリー」を聴き比べてみよう!