コンビニ富士はフェイク?

ちょっと前に、コンビニの屋根に富士山が乗っているように見える「コンビニ富士」の見物客が、地元に迷惑をかけているという話題があった。が、あれはそもそもがフェイク画像だったらしい。

というフェイク画像を作ってみた。ワイドショー画面風に作ると、それらしく見えてしまう。なかなかおもしろい。

コンビニ富士自体は決して悪いものではない。さかさ富士だって他愛もなさでは似たようなものだし、何より庶民が見つけ出した新しい美というのがいい。行政や企業、代理店が作ったイベントはまず長続きしないが、こういうものが案外長い年月を経て、伝統文化になったりする。見物客の迷惑行為も、当初は仕方がない。放っておいてもそのうち落ち着くところに落ち着いたとは思うが、フェンスを作ったのはいかにも(※)じゃない。

そこでこの画像である。そもそもがフェイクだったという見立てだが、コンビニ富士にとびついた素朴な人なら、おそらくこの「衝撃の事実」にもとびつくかもしれない。無駄足を嫌って衝動的に駆けつける数は減るだろう。が、そのうちこのインタビュー画像こそがフェイクで、コンビニ富士は健在だという情報が流れるだろう。そこからが面白いところだ。

現地へ行き画像や動画を公開しても、それは何の証拠にもならない。これほど情報網が発達した時代なのに、大勢の人に認知されればされるほど事実を確信できるのは現場を見た人だけ。信頼関係のある人の間でしか信じてもらえないという不思議な現象が起こる。さらにネット上では、これは富士を舞台にした大フェイク合戦だと気がついて参戦する人も増えるだろう。フェイクかファクトかも大事かもしれないが、面白いかどうかのほうが面白い、そんな時代にならないだろうか。

本当のことを言ってるフェイク画像

※粋(いき)
洒落ていて機知に富むこと。江戸庶民に根付いていた美意識。
最近粋なものごとを見かけなくなったので、死語になったのだろうと思って解説を。

タイトル画像の話 / 反物の柄

造形は簡単に、貼り付ける画像はオリジナルの柄を作った。CGの貼り付け用画像はテキスタイルと同じで、柄を繰り返してもつなぎ目がないように合わせる。たとえばレンガ壁や芝生の地面などは、実際の写真をもとにつながる部分を修正して作る。自然のものを修正するのは大変だが、反物の柄などはかなりいい加減なものでも繰り返して貼り付けるとそれなりのデザインに見えるので楽しい。モチーフがアルファベットだったり、配色がアフリカだったりしても、床に長く流してみると反物の柄に見えなくもない。

こんなことが手軽にできるのも画像処理ソフトがあるからで、昔の人が反物の図案を考えたり型を作るのは大変だったはずだ。以前浅草の印半纏の専門店に、オリジナルの藍染半纏を特注したことがある。本藍染で背中に「漢」の一文字を入れた、なかなか気張ったもので、地紋には「青海波」を使った。「漢」はおとことも読み意味合いが勇ましいだけでなく、八方に伸びる勢いが背中の一文字にふさわしい。お店の人もこれは気が付かなったと褒められ、他の人には使わせない「禁字」にしてくれた。青海波は有名な割にあまり見かけないので選んだが、普通の柄はない上下の区別があるので、仕立てたときに肩になる部分で模様を切り替えるという凝ったものになった。手間がかかる分高くつくので注文が少ないとのことで、職人さんにはむしろよろこでもらえた。

楽器演奏と老化

楽器演奏は脳の老化防止に役立つという記事がGIGAZINEにあった。本当にそうだったらいいのだが、実感としては老化防止はともかく、演奏できるならそれほど老化していない、とは言えると思う。

楽器演奏は日によって調子の良し悪しがあり、満足度もまちまちだが、まずは意欲からして湧いてこない日もある。それも意欲の老化現象かもしれないが、一方で長年生きていると、気乗りしないことでもあきらめて取り組む経験も積んできた。で、ともかく楽器を手にして弾き始めても、普段より指が動かなかったり、前までできていた箇所で立ち往生したりする。そうなると、これはいよいよ老化か、自分のピークもここまでかと気分が落ち込んでくる。

ところが、やる気が起こらずミスばかりするような日でも、しばらく続けているといきなりスルスル指が動き始めたりする。それまで半分眠っていた目がぱっと開かれたように、そのあとの流れが見えてきて、次に出すべき音を余裕を持って待ち構えてられるようになる。そういう体験があると、自分もまだまだだと思えて実に気分がいい。目に見える上達がなくても、そういう一瞬のためだけでも楽器演奏を続ける価値がある。

また伴奏動画に合わせて弾くほうが、楽譜だけ見てダラダラ弾くより、終わった後の爽快感が大きい。それまでは頭に霧がかかっていたんだとわかるほどだ。ただし気合の入った演奏をすると、短時間でもけっこう頭が疲れるが、脳もときどききつめの負荷をかけてやったほうがいいような気がする。