アポロとアルテミス

人類を再び月面に送り届ける「アルテミス計画」が、アメリカを中心とする西側国の協力で進行中だ。22年に月の周回軌道を回る無人宇宙船アルテミス1号が発射され、今年4月には同じく周回軌道を回る有人のアルテミス2号が予定されている。

アポロ計画では人類初の月面上陸が目標だったために、平坦で着陸しやすい「静かの海」が選ばれたが、アルテミスは月の南極地点をめざしている。月の南極とは地球から見える月の下の部分だが、アポロに比べて着陸が非常に難しい。太陽光が真横から指すので大きな影ができやすく、空気がないので光が拡散せず影の部分が真の闇になるため、上空からはもちろん近くに寄ってみても地形の凹凸が判断できない。

そんな場所を選ぶ理由は水だ。月南極には一度も太陽光が差したことがなくマイナス200℃にもなる「永久影」の部分があり、砂粒に付着するような形で氷がある可能性がある。これが利用できれば、太陽光発電との併用で居住可能な基地が設営できる。さらにその経験をもとに、火星での居住可能性も見えてくる。

アポロの時はソ連の宇宙開発がプレッシャーになったが、アルテミスでは中国への対抗の意味が大きい。地球の南極の場合は「南極条約」が国家間で結ばれていて、特定国の領土化や軍事利用、資源採掘などが禁止されているが、月の場合は領有は禁止されているが、南極条約ほどの縛りがない。先に施設を作ってしまえば、なし崩しに勢力圏を広げられる余地がある。西側から見れば、中国の動きはそれを狙っているように見える。そして月開発の無秩序がそのまま火星に持ち越まれるかも知れない。

SFでは、地球上で生まれた国家間対立が、銀河系全体に広がってしまった世界がよく登場する。現代社会の分断ぶりを見ていると、あり得ないこととは言えない。アルテミス計画の成否は、遠い未来の人類のあり様が決まる分岐点かもしれない。

人類の叡智を集めた偉大な試みが、ルール無用の早いもの勝ちというのは、少々頭が悪い気もする。

今朝も揺られてます(マンガ)

増田英二作、別冊少年チャンピオン連載中。バレンタイン・デー直前にふさわしく、ボーイミーツガールなコメディ作品の紹介を。
主人公は通学電車内でお互いに気になっているが、声もかけられないでいる高校生男女。そのことは一緒に乗り込む大人の乗客たちには見え見えで、特に中年男性の「部長」、「OL」、「大学生」の3人は、ういういしくも甘酸っぱい二人を守るのが毎日の「癒やし」だ。密かにアドレスを交換し、素知らぬ顔で二人のちょっとした仕草に反応してチャットで書き込み合う。それどころか仕事後に集まって、「今朝の二人」を肴に一杯飲んだりする。お気に入りの青春ドラマのファンのオフ会さながらだ。

当の二人は、勇気を振り絞ったわかりにくく遠回しなアプローチは次々失敗。乗客たちをチャットで身悶えさせる。さらに思いがけない邪魔が入ったり、それが時の氏神に変わったりと、エピソードづくりが抜群にうまい。普通の人々と、実在しても不思議ではないシチュエーションを使いこなし、読者を揺さぶりながら、癒やしの通学電車に乗せてしまう。奇矯な人物のキャラクターに頼りがちなコメディやマンガにはなかなかない練れたシナリオで、特に悪役や敵役がいない、善意の人だけでスリリングな展開を。

デートの約束取り付けに苦労し、待ち合わせ場所や時間が行き違ったりしていた世代からすれば、夜中でも連絡を取り合える環境で、なぜ不婚や少子化になるのか不思議に思うことがあった。が、多感な世代にとっては、アドレス交換にも告白に等しい勇気が必要だ。新しい技術の登場が、それまでのドラマづくりを変えてしまったとしても、人間が使っている限り新しいドラマが生み出されるのだと感じた。

病気にならない薬

日経BOOKプラスの「東大のスター教授たちは今、どんな最新技術に注目しているのか」という記事で、新藏礼子氏が病気にかからないようにするのが医学の目的だが、病気にならない薬は保健対象外だと言っていた。具体的には、腸内細菌のバランスは様々な病気の原因になるため、「バランスが狂っていること」自体を病気と認め、健保の対象にしてほしいという。

医師は患者の寿命が分かっているんだろうと感じることがあった。数ヶ月という短期間ではなく、検査数値に出てこないが、患者の体質や生活習慣などを見て、今後何年か後に発症、悪化が予測できているのではないかと思ったのだ。不吉な話だが我々も仕事上で、例えばあの会社は長く続かないだろうとか、この商品は売れないだろうということがわかる場合がある。分かっていても言えないことが多いが、医者も同じで、検査で根拠を示せないので言えないだけのような気がする。医者は検査で何かを発見しているのではなく、将来の病気の傾向が読めるのでその確認の検査をしている。

なので医師のアドバイスは、自分で考えだした「健康ポリシー」などよりよほど貴重だ。それはダイエットや禁煙の勧めのようにありふれたことだったり、ストレス解消のように、ではどうしたらいいんだという事かもしれないが、それが投薬より有効だから言ってるのだと思えば、重く聞かなければならない。

「病気にならない薬」は医師のアドバイスを補完するだけでなく、医療費の負担減も可能にするかも知れない。また、保険制度その他で医師が手を出せないために、消費者が民間療法や健康食品で手探りしている部分に、正しい医学の恩恵をもたらしてくれるかもしれない。