ワクチン予約完了

コロナワクチン接種の予約を入れた。昨年、全国にさきがけてコロナ時代に突入した北海道民としては、ここまで随分長かったし、じれったい思いもしたが、先が見えてきて、思いのほかうれしい。振り返って見ると、未知の問題に対して、これまでの国の対応も悪くなかった。ダイヤモンドプリンセス号の乗客乗員を船内に拘束した際には、人権無視との批判もあったが、乗員・乗客約3,700人(うち感染者のべ706人)が、マスクや三密意識の広まっていない日本に上陸していたら、大規模感染国の仲間入りをしていたかもしれない。

アベノマスクは、1枚ばかりもらってもどうかと思ったものの、メディア等でさんざん揶揄されたおかげで、「マスク」という言葉が頭にこびりついた。メディアなどの呼びかけでは、同じコストで同様の周知の効果をあげるのはむずかしかっただろう。自分なども話半分に聞いて、うっかりマスクなし外出して、まあいいかで済ませてたかもしれない。結果からすると、なかなか上手い手だったと思う。

特別定額給付金もそうだ。ビジネスや家庭生活でうけた影響はにはとても及ばなかったとしても、本当にとどいたことで、自分たちは放って置かれるわけではないと思えただろう。特に自分のような下世話な人間は、理路整然と説明されても疑心暗鬼に陥るばかりだが、モノ、金をもらえるならすぐ信じる。それがあったから、接種についても対応が遅いとか初動ミスとか騒がれても、見えないところで最大限の努力が払われているだろうと思うことができた。

遅いと言っても、兵役制度があって集合をかければ一瞬にして点呼まで済んでしまうような国や、とにかく打ちまくって空瓶数をもって接種数とみなすようなやり方は、日本には合わない。超低温のコールドチェーンや、自由主義国にふさわしい接種者管理システムをつくり、来年以降にも備える。最近の接種スピードアップは、そのしくみが本格的に動き出したということだろう。

ところで、早くも一般接種という言葉も聞こえ始めた。せっかくなら、営業の自粛や時間短縮に協力してもらった飲食業関係者から接種してあげたい。そのころになれば、ワクチン接種済み客に限定してもそれなりにいるだろうから、コロナ明け三密会食・飲み会が流行るんじゃないかと思う。

ワクチン接種済みバッジというのが早くも何種類か出回っている。もちろん公式のものではない。海外のはこんな感じだ。

自家製マスタード

外外出粛が常態化し時間が余ってくると、身の回りで面白いことを見つけないと不善を為してしまう。外出しないでできることは、むしろ自粛しないでどんどんチャレンジするべきだと思う。

自家製のマスタードはうまい。輸入もののマスタードは甘さや香りが良いが、あまり辛くない。日本のカラシに慣れていると、どうも辛さが物足りないのだが、自分で作るとちゃんと鼻に通るようなものが作れる。

材料はマスタード・シード(カラシの種)と、酢、塩だけ。ガラスの保存容器などを煮沸消毒し、マスタード・シードを入れて、塩、酢を注ぐ。マスタードは酢を吸って倍以上に膨らむので、分量は容器の1/3以下にする。酢の分量はマスタードより水面がちょっとだけ高くなるくらいに。1時間もすると酢を吸い込んでマスタードの表面が露出するので、またちょっとだけ酢を足して放置する。これを何度か繰り返すと、それ以上吸い込まなくなるので、ミキサーでペースト状にする。粒の残り具合はお好みで。

ちょっとずつ酢を足すのは、そうしないと限界まで膨らまないため。以前最初からたっぷりの酢を入れたら、あまり膨らまず、ミキサーにかけてもかなり硬い粒が残ってしまった。酢は米酢を使うとうまい。洋風の食品なのでリンゴ酢やワインビネガーのほうが合うかと思ったが、味わいが足りなかった。塩は腐敗防止に、念のため入れている。酢が効いてるので、入れなくても大丈夫だとは思うが。
また、酢を吸わせているときにクローブやシナモンなどを入れておき、ミキサーの前に取り出して香りをつけると、洋風の上等な感じのマスタードができる。それらの香辛料と一緒に砂糖を加えるレシピもある。が、入れなければ和洋中何にでも使える。

ミキサーにかけてペースト状になったら、皿などにあけて、なるべく空気に触れるようにさせて室温で数時間放置し、発酵させる。マスタードは発酵食品なのだ。室温に放置するのはちょっと不安だが、室内に目を刺すような揮発成分が立ち込めるので、まず、あの中で繁殖できる細菌はいないだろうと思う。

自家製マスタードのからしバターを塗ったサンドイッチは絶品だ。ドレッシング類も切れ味が出てくるし、おでんにも使える。ワサビや唐辛子よりも使い勝手がいい。ちなみにマスタード・シードは発芽する。水につけておけば、スーパーなどで見かけるスプラウトができる。

一生のお願いをしてみよう

誰かに、一生のお願いをしたことがあるだろうか。子供時代におもちゃか何かを買ってほしくて言ったかもしれないが、大人になってから、まともな理由でした人は少ないだろう。これまで、そこまでしなくて済んでいれば幸いだし、連発するのもどうかと思う。

だが、いい歳になったのだから、せっかくなら、そろそろ周囲の人に対して、一生のお願いを使い切ってしまうのはどうだろう。金の工面というような生々しいのではなく、何度も頼むにはちょっと図々しいが、1回だけなら、そんなことで良ければと相手が喜んで応じてくれるようなお願いだ。これをするには相手との距離感の見極めが大切だし、同様のことを自分にも遠慮なく言ってくれと言うのをわすれてはならないが。
一生のお願いなどと軽々しく口に出してはいけないが、歳を取ると時間の経つのが早く、人間関係もこれといってドラマのないまま、なれ合いで過ぎてゆく。日々の生活が軽々しいようではつまらないので、手頃な刺激を与えて、もう少し人間関係に重みを持たせるのは悪くないと思う。特に誰かと小さなわだかまりがあるときなど、解決するのにちょうどいい口実かもしれない。
逆になにかのときのために、一生のお願いを取っておくというのも、なんだかみみっちい。だからそろそろ一生のお願いを使ってしまうのは悪くないと思う。

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