トイ・ストーリー

トイ・ストーリー4が劇場公開中だ。毎回卓越したストーリーで、決して期待を裏切らないシリーズだけに、行きたいのはやまやまだが、良い子達と一緒になって「ウッディがんばれ!」とか叫ぶのもどうかと二の足を踏んでいる。最近は同じ格好を続けるのが辛いし...。

トイ・ストーリーの主人公たちは、子供の情操を育む天然素材などではなく、プラスチッック製だ。主人公もメディアとのタイアップから生まれた商業主義の賜物で、相棒も安っぽいギミックを組み込んだ大量生産品。仲間たちも対象年齢を超えてしまった幼児向け玩具ばかりだ。しかも壊れやすく、燃えやすく、ほんの一時期子供の興味をひいても、すぐに飽きられてお払い箱になってしまう。

おもちゃたちは、人間がいないときには自由に動き、しゃべることができるが、話す内容は持ち主のアンディが自分たちに飽きて屋根裏に押し込まれるのではないか、いっそ捨てられてしまうのではないか、ということばかりだ。そして人の気配を感じるとその場に倒れ、眉一つ動かさず、魂のないおもちゃの「演技」をする。演技中は、いたずらっ子に乱暴に扱われようと、間違ってガレージセールに出されそうになろうと、仲間が連れ去られようと声一つ立てない。実に健気ではかない存在だ。

また、すぐに不安や疑心暗鬼にとらわれて仲間割を起こすなど、心も弱い。が、最後は自分たちを宝物だと思ってくれたアンディを信じ、さまざまな危険を乗り越えて、バラバラになった仲間を助け出し、アンディの家へ帰ろうとするのだ。

やっぱり映画館はやめよう。「このおじいちゃん、泣いてるよ」とか言われそうだ。

アクティブ・シニア

先日スーパーのチラシで、「アクティブシニア・セール」というタイトルを見た。この言葉は2007年ころ、定年を迎える団塊の世代をどう取り込んでビジネスに結びつけるか、という観点から生まれたマーケティング・コンセプトだが、旅行やカルチャーなどのビジネスの盛況を予想して、大はずれした。かつて宣伝コピーのままに家電を買い、家のローンを組んでくれた人たちが、ついてきてくれなかったのである。

シニアは貯金を持ってるが、それは人生の切り札だ。若い世代が批判するように、貯め込むだけで使いたくないのではなく、どこで使うか虎視眈々と狙っている。使うポイントは「金がかからないこと」と「毎日できること」だ。海外旅行やオペラ観劇は、毎日できるわけじゃない。かつてファミコンが流行ったのは、娯楽として消費する時間単位の費用が、映画や読書、スポーツに比べて格安だから。それと同じ理屈である。
そこで、どういった業種、業態がアクティブシニアを狙うと正解なのか、考えてみた。

・趣味の店:業態によっては正解
パソコンやプラモデル、スポーツ用品、バイク店など、昔のように、用もないのに客が入り浸り、店員とだべる場所になっているなら、シニア狙いは大正解。もともとこういう業種は買いもしない客がたむろし、たまに消耗品を買っていった。そうやってつきあっていると、突然高額な商品を買ってくれた。それが趣味の店と客の関係だった。応対がマニュアル化したような店には難しいかもしれないが、店主メインの家族経営的な店なら今でもやれるだろう。

・スーパー:大正解
40代、50代の頃は、買い物に時間をかけられない上に、ティーンエイジャーの子供たちが、猛烈な勢いで食い尽くすので、車ででかけ、安いときに大量に買い貯めなければならなかった。一方シニアは健康のため、毎日歩くべきだが、ウォーキングは馬鹿みたいだ。買いだめの必要はないが、食品は健康的なものを選んで、しかも安く買いたい。そこでネギ1本でも、なるたけ遠くのスーパーまで、毎日歩いて行く。健康にもいいし、食費が節約できる。途中、図書館や公園があるところなら、多少高めでもいい。それは多分、より健康的で、味もいいはずだから。ついでだから、ネットの動画を見て新しいレシピに挑戦して見ようか、ということになる。だから車商圏の設定は今まで通りにしても、徒歩、自転車商圏は、ずっと広い範囲を見込めるのだ。

・酒店:大正解
若い人は酒離れし、海外の市場開放で単価が下がっている。安いから売れるわけではないのに、利益率が下がる。そんなときこそ、シニア狙いだ。歳を取るとそれまで飲めなかった人が飲めるようになるだけでなく、特に高血圧の下戸の人は、多少飲んだほうが体調が良い。かつて酒は家庭崩壊への王道の一つだったが、どうせ子供らは遠方である。免許を返上したこれからの時代こそ、酒の楽しみが待っていると、自信を持って高級酒をお勧めするべきである。以前105歳で自活している男性が、家族も友達も減り、楽しみも減る一方だが、酒だけは別だと言っていた。高齢化ウェルカムな業種と言える。

・楽器関係: 超正解
楽器については、マーケ関係者はお稽古ごと市場を見込むだろうが、それは疑問だ。まずは独学市場こそつけ目である。本格的な楽器は金額以外にもいろいろと敷居が高いが、人生のベテランは、自分でなんとか解決できる。購入金額の目標を立てて工面する期間も、味わいのうちだ。買った後の練習場なども同様。知人は、トランペットという、いろいろ敷居の高い楽器を始めたが、アクロバット的工夫で練習を続けている。そこがまた楽しいのだ。

このブログでは、これからはバイオリンだと言い続けている。バイオリンは楽器としては安いほうだし、実は簡単だ。私が言うのはおこがましいが、楽器業界、教室業界は、今こそそこを言わなくてはならない。特に教室は、簡単で誰でもできるというべきなのだが、バイオリンは高尚という妙なプライドがあるのではないだろうか。
かつて英会話教室は、誰でもできる、簡単で楽しいことしかないと標榜して、全国チェーンを展開するまでに成長した。次は楽器の番である。早くやらないと、異業種が参入してきて持っていかれるだろう。

壊れた国宝が自然に直った話

知人に邦楽のある流派の名取がいる。人間国宝でもある家元とともに歌舞伎座の舞台を踏んで、「お見事!」と言わしめたほどの名手であるが、ある時、東京から家元を呼んで地元で流派の演奏会を開くことになり、彼がその送迎、接待役になった。人間国宝と言っても気を使わなくても済む気さくな人柄だったらしいが、夜中にホテルを抜け出してパチンコに行き、あろうことか、雪道で転倒して手の骨を折ってしまった。

その時は流派中の人間からなじられて参ったと知人は言っていたが、同じ国宝でも、「人間」がつくだけで、折れたところが自然にくっついてしまうのがありがたいところだ。ちなみに、その人間国宝とは誰か、この記事の中には、分かる人には分かる際どいヒントがある。こんなヒントでわかる人は、多分エピソードも知ってるだろうから、記事にしても構わないだろう。