魂柱とブリッジ

さて,バイオリンは無事とどいた.実は粗悪品かどうかよりも先に,心配なことがあった.それはブリッジと魂柱が倒れていないかということである.

bridgeブリッジは,弦の振動をバイオリン本体に伝えるための,薄い木板を削った部品で,弦の張力で立っている.本体に接着されていないので,簡単にずらしたり取り外したりできる.音色や音程が変わってしまうため,もし倒してしまったら,初心者は自分で取り付けようとせず,楽器店に持ち込んだほうが良いらしい.ただし,激安バイオリンそのものに近い金額がかかる.

 

魂柱を倒してしまったら、自分で立て直すのは無理らしい
魂柱と専用金具

魂柱は,外部からは見えない本体の内部,ブリッジの下あたりに立っている細い木の棒で,ブリッジに伝わった振動をバイオリンの上の板から下の板に伝える.これも接着しておらず、弦の張力で抑えているだけなので,弦を緩めると倒れてしまうことがある.もし魂柱が倒れてしまったら,音が鳴らなくなるという.
立て直すためには,特殊な金具に突き刺し,内視鏡手術さながらに細いバイオリンの穴から送り込んでやらなくてはならない.立ててみては弾きを繰り返す大変な作業なので,必ず楽器店に頼まなければならないそうだ.費用も,ブリッジ立てに比べれば遥かに高い.激安バイオリンが何台も変えてしまうような値段だ.

バイオリンが届いた時,ブリッジと魂柱を真っ先に調べた.倒れていた時にクレームが通用するのだろうか,中国に送り返すのだろうとかとか気をもみながら.だから、新しい楽器が届いた喜びにひたるのも,それがなんともないと分かってからだった.

フィドルとどく

fiddleバイオリン、いやフィドルを買ってしまった.フィドル本体,弓,チューニングの笛,松脂,スペアの弦5本セット,それらを収納するケース.これらがすべてついて,お値段7千800円.以前から目をつけていた,アマゾンの激安セットである.メーカーはHallstatt(ハルシュタット)といい,名前はドイツっぽいが中国製だ.ドイツのメーカーが中国で作らせているのかもしれないが,他社の激安バイオリンセットより,いくらか星の数が多いのが決め手だ.
期待と不安と疑心暗鬼で待つこと約1週間.その間も,未練たらしく何度もレビューを読んだ.好評価は大抵「初心者だが」と断り書きのついたもの.ぜんぜん具体的な評価ではないものの,手にした嬉しさが伝わってくるものが多かった.
そしてついに手にしたバイオリンの感想は,「軽い」ということ.梱包のままでも,ケースごと持ってもとにかく軽く,一瞬入ってないのではと思うほど.肝心の本体はというと.おお、バイオリンに見えるぞ.

胴体の張り合わせに隙間があったり,接着剤がはみ出ていたり,本来木製の部品がプラスチックだったりしてもしかたない.届くまでは最悪そこまで覚悟していたが,目の前のバイオリンはそのへんは軽くクリアしていた.
しいていえばニスに透明感がなく,一般的なバイオリンの画像に比べると,木目ももっさりして見える,スプレーでちゃっちゃと吹きつけただけだろうが,もちろんそこまで贅沢は言えない.クラシックを学んだ人に見せたら,こんなのはバイオリンじゃないと言うかも知れないが,全人類のほとんどがこれはバイオリンだというだろう.

激安バイオリンと中国の職人

いわゆる激安バイオリンとしては,ステンターとハルシュタットというメーカーが有名だ.どちらもドイツっぽいブランド名だが,製造は中国.それより少々高いスズキというメーカーもあるが,これは昔から有名な楽器メーカーのスズキではなく,やはり中国のメーカーらしい.

ハルシュタットの激安バイオリンは,8千円で本体と弓,松ヤニ,弦のスペア1セット,調律用の笛とケースがついてくる.あと初心者が欲しいものと言えば,電子式のチューナーと肩当てくらいで,どちらもそれほど高いものではない.さすが中国製,物価が高騰していると言っても,驚きの安さだ.これでいくらかでもバイオリンらしい音が出るなら,流石に普及するだろう.素人がためしに手を出す楽器としては,今まではギターだったが,これならギターより手頃だ.そのうちアマチュア音楽の世界が変わってしまうかもしれない.

余談だが日本人も中国人も,手先が器用で,歴史的に優れた美術工芸品を作ってきたが,その職人の地位は天と地ほど違う.建築でも工芸品の分野でも,中国の職人の地位はおそろしく低く,待遇も劣悪だ.どんなに高度な技術があっても職人は尊敬されず,経営者の言うがままに無茶な注文に従わされるだけでなく,遅配,無配も日常茶飯事だという.日本であれば匠と呼ばれて,文化人や芸術家の扱いを受けることも珍しくないのと好対照だ.