バイオリンと体調

バイオリンの練習を続けていると、演奏の出来具合が心身のコンディションを反映しているなと感じる。仕事なら多少気分が乗らなくても、体調が優れなくても何とか仕上げてしまえるが、楽器はごまかしがきかない。

調子がいい日はミスも少なく、次は難所だから要注意というように、今弾いているメロディの先まで思い浮かべながら余裕を持って弾ける。調子の悪い日は、何度繰り返してもだんだん出来が悪くなり、気分も沈んでいく。それ以外の日は、スタート時にガタガタでも、弾いてる内に調子が出てきて、いい練習になったなと思いながら終えることが多い。こういう尻上がりの日は、その他のことでも積極的に取り組める気がしてくる。朝弾く機会は少ないが、一日の始まりからこういう気分になれた日は、その後の諸々についてもスムーズだ。もっともこれはそう感じるというだけで、悦に入って演奏してても他人が聞くと、いちだんとひどくなってるかもしれない。そろそろ録音をとってみようかとも思うが、まだ厳しい現実に直面する勇気が出ない。

何が違うのか考えてみると、調子の悪い日は、たいてい寝不足しているようだ。日常生活ならほとんど気にならない程度の寝不足でも、コンディションが悪くなっているのだろう。また、音程が決まらないときは、爪が伸びていることが多い。バイオリンには爪はいらないという人もいるくらいで、指先より爪が先に指板にあたってしまうと、押さえる位置があやふやになってしまう。また、弓の張り具合がいつもと変わってたり、毛に松脂が不足してたりすると、自信なさげな音になる。特に松脂は一度塗ると思ったより長い時間音が出るので気が付きにくいが、試しに塗り直すと音色が急に良くなったりする。まあ、当たり前なのだろうけど。

無明

新しいヴァイオリンの弓を手に入れた。今までのものは2年以上使ってきてさすがに毛が伸び切ってしまい、かなり締めてもピンとした張りが感じられなくなっていた。すべての毛が一枚板のようにきちんと平面に並んでおらず、だらっと隣の弦に覆いかぶさる感じで、余計な音を出してしまう。こういう現象は腕のせいか、ブリッジの形か、はたまた弓の劣化かと考えて、弓のせいにしてみたわけである。値段は送料無料の4千円弱。こういうものとしては非常に安いが、eBayではいくつかの業者から同じような価格帯のものがけっこう出品されているので、多分それなりの人のための市場として、けっこうポピュラーなのだと思う。

そうして届いたのがこれだが、見て分かる通り毛が黒い。普通の弓に使われてい毛は白馬の尻尾だが、これは黒馬だそうだ。白馬に比べるとややキメの荒い素材だとかで、豪快な音になるという。白馬ほどポピュラーではないが、値段は白馬よりやや安いような気がする。本体は以前と同じカーボンで、同じ安物なら下手な自然木より工業製品のほうが安定しているのではないかと思っている。手で掴む部分(フロッグという)の素材は、なんとスネークウッド。硬木、銘木のなかでもダントツに高価なことで有名で、黒檀、紫檀など目ではない。「常軌を逸した高さ」とも評されている素材で、歩行用のステッキにした場合、アマゾンでも100万円以上していた。虎斑の木目といい値段の高さといい、「あんたこれ見てみい、ごっつう高いんやでえ」と大阪のおばちゃんが自慢しそうなシロモノだが、まあカケラだからこの値段におさまるのだろう。

肝心の弾きごこちはと言えば、弾きやすく音も大きいような気がする。荒々しいと言われる黒馬ならではの音色も、自由奔放な魂の雄叫びを求める自分にぴったりだ。すっかり気に入ったので、私はこれに「無明(むみょう)」という號をつけることにした。無明とは仏教の用語で、煩悩や迷いに満ちあふれ、未だ悟りに至らない暗黒の大地、凡夫の住まう娑婆世界のこと。スターウォーズでいえば、ダークサイドのことである。正しいヴァイオリニストへの道に敢えて背を向け、冥府魔道の独学の闇をさまよいながら、上手くなりたい上手くなりたいと、見果てぬ野望に身を焦がす私にピッタリである。

石の上にも三周年

早いもので、激安バイオリンを買ってこのブログを開始して3年が経った。とうてい上達したとは思えないが、当時の自分が聞いたら、バイオリンを弾ける人だと勘違いしたかもしれない、というほどにはなったと思う。わずか8千円の激安バイオリンは流石にひどい音になってきたので、3周年を機に新しいものを手に入れた。だが、激安も十分役に立ったと思う。

60歳を過ぎて楽器を始める人は少ないかもしれない。そういう人は若い頃に何かしら経験がある人で、全くの初心者というのは珍しいのかもしれない。とはいえ、これまで楽器に無縁だった高齢者でも、興味が無いわけではないようだ。私がバイオリンを始めたというと興味を持つ人が多い。また、音楽が嫌いという人もほとんどおらず、たいてい好きなジャンルやファンのアーチストがいる。だったら、その音楽を自分でやればと思うのだが。
私のバイオリンは我流だ。ちゃんと弾ける人が見たら音以前に、だめなところがいっぱいあるはずだ。今の所誰かに披露する機会はないが、もしあるとすればきっとボロクソに言われるだろう。それでやる気を無くしてしまうかもしれない。でも「バイオリンプレイヤーを目指したが、才能の限界を感じて挫折した」なんて、むしろかっこいい。「青春」とか、「若気の至り」という感じがするぞ。ふふふ...。

天皇陛下は車の運転がお好きで、古くなった庶民的な車で、時折皇居の中でだけ運転を楽しまれると聞く。恐れ多い例えだが、私のバイオリンも、そんな感じで弾ければいいなと思う。年をとると、これからやることや起きる出来事のすべてが、一生に関わる事柄となる。いや、これは子どもの頃だって同じで、日々何をするか、何が起きるかは実は全部一生の問題だったのだ。そのへんはもっと早く気がついていれば良かったのかもしれないが...。ともあれ私にとっては、バイオリンを弾ける爺さんで死ぬか、ただの爺さんで死ぬかは、大きな違いだ。