音痴

世の中に、真の音痴という人はいないのではないかと思う。歌の下手な人はいるが、音楽が好きで良く聞いてる人は多い。そういう人も、石川さゆりとサッチモを、ちゃんと聞き分けられているはずだ。だから自称音痴の人も、頭の中では正確な音楽が鳴り響いていて、単に歌う訓練ができてないだけだと思う。もし、自分の歌うひどい歌と同じようなものが聞こえているなら、そんな曲は好きにならないだろう。上手い下手は、音感やリズム感というより、練習量の違いだけ。それもきちんと習わなくても、カラオケや日常の鼻歌程度でそこそこうまくなるのではないだろうか。

楽器の演奏も似たようなもので、プロになるならともかく、自己流でも自分で満足がいくレベルまではいけるんじゃないか、そうならいいなと思っている。歌で言えば、カラオケで場をぶちこわしにせず、社交辞令の拍手をもらえるレベルだ。むしろ、なんとか先生に何年習ったという、妙に本格的なキラキラ星を聞かされても、周囲が困るだろう。
途中つっえようが、テンポを外そうが、勢いと愛嬌で押し通し、手拍子でももらってしゃにむに盛り上げる。そんな訳あり商品のような演奏ができれば十分だと思ってる。

ハーレム式ジャズ練習法

その昔、ハーレム式ジャズ練習法というのを聞いたことがある。ニューヨークの黒人街ハーレムの子どもたちのジャズ練習法で、楽譜を使わずに何人かそれぞれ自分の楽器を持ち寄って、まずブルースコードの根音だけ一緒に鳴らす。Cのコードなら「ド」、Gなら「ソ」という具合だ。「ドー、ドー、ドー、ファー、ファー、ドー、ドー...」とやってると、そのうちハーモニーを試したり、おかずを入れたくなって、だんだんセッション風になっていく。そうやって、拙いなりに音のせめぎあいを経験し、コードやブルースフィーリングを身につけていく。楽譜も理論もなしだが、多分いちばん手っ取り早くジャズの基本を体得する方法だ。


ただし現在はyoutubeで「play along」と検索すると、メロディなしの伴奏部の音源がいくつも見つかる。ブルースだけでも12の調それぞれのメジャーとマイナー、スローなものからアップテンポなものまで、網羅されている。良い時代になったものだと思う。

カテゴリー「Bluesへの道」

間違いは正さない

以前、音楽やスポーツの練習に関する、ある学者の説を読んだ。それによると、間違った箇所は繰り返し練習してはいけないという。何だか逆のような気がするが、何度も繰り返し練習すると、脳や神経が間違ったやり方を「学習」してしまうのだそうだ。何度も同じように間違うようになり、違うやり方が難しくなるらしい。

このことはバイオリンを買った直後に知り、以来これを肝に命じている。弾き初めに「ここまで」と決めた箇所まで、途中で失敗しても、テンポをキープしたままとにかく弾き切ってしまうのだ。すると不思議な事に、もうワンセット弾いてみると、必ずしも前回失敗した箇所で間違うわけではないのだ。もちろん、別な箇所で間違うのだが。

そんなことを繰り返していくうちに、全体的に失敗回数が減ったり、余裕をもって弾けるようになる。ただしこれをするには「勇気」のようなものが必要で、失敗したと思うと、反射的に手を止めたり、弾き直したりしてしまう。その「弾き直し本能」を精神力でねじふせて、ぐちゃぐちゃになってもいいからテンポよく「推して参る」のである。こうすると弾き終わりの爽快感が格別なのだ。その分気疲れして、5分から10分で、そこそこ疲れてしまうが、それが、短時間でも集中して取り組む、ということなのだと思う。

有名人ではないが、ステージで演奏する機会のある人が言ってたが、演奏とは「顔でするもの」なのだそうだ。たとえ間違っても、自分はそう弾きたかったんだという顔をする。今、乗りに乗った恍惚の境地で、ほとばしる情熱に指がついてこれないが、このまま突っ走る。内心のヤッチャッタ感を押し殺し、そういう顔で弾き続けるのが心構えなのだという。自分も、年寄りならではの図太さ、無神経さを、そういうふうに活かしたいものだと思う。