ルイス・ゴセットJr.

アメリカの黒人俳優、ルイス・ゴセットJr.が亡くなった。1936年生まれの87歳である。多くの映画やTVドラマに重要な枠役として出演していたが、なんといっても印象的なのは1977年の「ルーツ」で演じた「フィドラー」だろう。アフリカから奴隷として連れてこられ、反抗と逃亡を繰り返すクンタ・キンテを親身になって面倒を見ながら、ときに厳しく白人に逆らってはいけないこと、今の名前はクンタ・キンテではなく奴隷名の「トビー」であることを言い聞かせる人物だ。

奴隷名「フィドラー」は、バイオリン弾き(※)だ。しかも肩に乗せずに腰だめで弾くという離れ業には、当時見たときもちょっと驚いた。私自身がバイオリンを弾くようになってからも、つい正しい姿勢が崩れるたびに、フィドラーの腰だめスタイルを思い出した。「ルーツ」が2016年にリメイクされた際にはフォレスト・ウィテカーがフィドラーを演じていたが、腰だめ演奏はしていない。自由もプライドも奪われた奴隷生活の中から生まれた、黒人だけの音楽ということが、あの奇妙なスタイルにあらわれている。実に見事な役作りである。

クンタ・キンテは、何度目かの脱走の時に捕まえられ、二度と走れないよう両足の爪先を切り落とされてしまう。フィドラーは、気を失ったクンタの頭を抱きかかえ、「お前の名はトビーではない。クンタ・キンテだ」と涙ながらに語りかける。シリーズ屈指の名場面である。

(※)カントリー&ウェスタンや民族音楽の世界では、バイオリンはフィドルと呼ばれる。楽器としては同じもの。

ナイトメア・アリー

2021年公開、ギレルモ・デルトロ監督によるサイコ・スリラー映画である。パンデミックによって多くの映画が、映画館での公開が見送られたり、先送りになったりしたが、この作品も撮影期間が大幅に伸びたらしい。

ギレルモ・デル・トロ監督は、ダーク・ファンタジーの傑作「パンズ・ラビリンス」から、「パシフィック・リム」のような巨大ロボット格闘ものまで、幅広いエンターテインメント作品を発表してきた。本作は、1930年代アメリカの巡回サーカス、見世物小屋、千里眼マジック、霊媒師など、少々ダークな世界を舞台にした、精妙な心理サスペンスである。

とりわけ、主人公が駆使する読心術トリックが見どころ。対話相手を観察して性格や職業、家族構成などを当てて見せるコールド・リーディングや、事前に個人情報を調査しておくホット・リーディング、「あなたは慎重な性格だが、時に衝動的な行動に出ることもある」というような、どちらともとれる言い方で錯覚させるショットガンニングなどの騙しのテクニックとその種明かしが面白い。
危ない橋をわたり損ない、追い詰められていく主人公の心情は息苦しく、エンディングも救われないが、一方で社会のダークゾーンを行き来しながら生きる人々への、不思議な暖かさも感じさせる。これは監督の人柄からくるものなような気がする。

デリシュ!

2022年フランス映画。フランス革命直前に誕生した、「世界初のレストラン」の物語。料理人の登場する映画は面白いものが多い。きっと自分は、仕事がテーマで、仕事に打ち込むことで様々な問題を克服するというのが好きだからなのだろう。これもまた観てよかったと思える料理人の映画だ。
貴族の館で料理長を務めるマンスロンは、会心の新作メニューをめぐるトラブルから解雇。失意の中、意外な人物の登場から料理への情熱を取り戻すのだが...。

ハリウッド製ではないからだろうか、ストーリーはひと筋縄でいかない。大声や、オーバーアクションのない抑えた演技ながら、次々と気になるトラブルが起こり目が離せなくなる。登場人物たちも、善良だが正しいわけではなかったり、悪質な人間だがなんとも言えない個性の魅力を持っていたりと、これも一筋縄ではいかない。そして何よりヨーロッパの古典的な風景画や静物画を思わせる画面が美しい。印象的な本当に良いシーンも多いのだが、できれば観てほしい作品なので、具体的に書かないように苦労した。

視聴はアマゾン・プライムビデオ。残念ながらレンタルショップには無いようだが、1ヶ月の無料期間中に観て、すぐ退会という手もある。2カ月後も継続して観てしまうような作品を提供できるかどうかは、アマゾンのお手並み次第である。
大変だった一年の終わりは、ハートウォーミングな世界に浸って過ごしたい。そんな大人のための佳品である。