赤い闇 スターリンの冷たい大地で 

1930年代の世界恐慌の最中、ソ連だけが驚異的な経済成長を遂げていることに疑問を感じたジャーナリストが、禁じられたウクライナへの取材を強行。多くの農産物が強制的に徴発され、人為的な飢餓が発生している現実を知る。2022年公開の、実話に基づく映画で、ウクライナ、ポーランド、イギリス共同制作。
あまり後味の悪い映画だったらいやなので敬遠していたが、ショッキングなシーンもあったものの、当時の町並みやファッションを丁寧に再現した美しい映像が印象的な良作だった。

共同制作に加わったポーランドという国は、第二次大戦初期に、ナチスドイツと密約を結んだソ連から同時に侵攻を受け、早期に降伏せざるを得ず、その結果アウシュビッツ強制収容所を設置されてしまい、また、多くのポーランド人がソ連に強制移住させられた。抵抗し続けていなければ、本当の迫害は降伏した後から始まることを知る国が共同制作した理由がわかる気がする。
ポーランドはロシアとは国境を接していないが、現在のウクライナ戦争でロシアが勝てば、ウクライナ軍がすべてロシア軍になり、ロシアが隣国になってしまう。そして、コメディアン出身でスキャンダルの噂もあったゼレンスキー大統領が、意外にも踏みとどまって抗戦を宣言し、講和にも応じないのも、ウクライナ人なら他の道はないのかも知れない。映画を見ながら、そんなことを考えた。

アルキメデスの大戦 / 永遠の0

ゴジラ-1.0を一緒に行った友人のお勧めで、同じく山崎貴監督作品を2作連続で観た。「アルキメデス…」は戦艦大和の建造をめぐり、時代遅れの大艦巨砲主義(*)を阻止しようとした設計者を、「永遠の…」は、生きて帰ることだけを願いつつ、神風に志願した零戦パイロットを描いた作品だ。ゴジラ-1.0を観てなかったら、そして推薦してもらわなかったら観る気にならなかったジャンルだったが、日本映画における戦争の扱い方に良い意味の変化が来ていることを感じさせる良作だった。

昭和時代、日本の戦争映画はつまらなかった。戦争の美化も、英霊の侮辱もまかりならんと各方面から責め立てられ、上っ面だけのお涙頂戴反戦作品ばかりだった。戦争は愚行であり暴力にほかならないが、古今東西、エンターテインメントや芸能と切っても切れない関係にある。神話も講談も、詩も歌も、絵画や彫刻も、戦争と恋愛がテーマになったものは、実に多い。
赤穂浪士の吉良邸討ち入りも新選組の池田屋騒動も、武装テロにほかならないのだが、今では血湧き肉躍るチャンバラ活劇である。
以前、沖縄戦の生き残り日本兵の方の話を聞いたが、1㎡あたり4トンの艦砲射撃が降り注ぐ中、右へ左へと駆け回る場面は、語り手も熱がこもっていたし、はっきり言ってスリルとサスペンスに満ちていて興奮した。当事者が語る話でさえそうなのだから、当事者がいなくなった時代なら、戦争もエンターテインメントのネタにしていいと思う。

山崎監督は綿密なストーリーづくりをしているだけに、内容にふれるのは慎みたい。が、両作品に出演し、いずれもストーリーを大きく動かす役目を果たしていた田中泯という俳優が印象的だった。特に「アルキメデス…」は予算決定会議のやりとりがクライマックスなだけに、田中泯の重厚な演技がなければ、ただの低予算映画になってしまったかも知れない。しばらく日本映画を観なかったのでこんな良い俳優さんを知らなかったと、検索してみたら、もともとはチン◯にテープを巻いただけで踊るダンサーだそうで、何と私よりも年長者であった。

いろいろな考えはあるだろうが、せっかくの零戦や戦艦大和をいつまでも負の遺産にしておかず、そろそろエンターテインメント資源に活用してほしい。零戦とムスタングが空中戦したり戦艦大和がぶっ放す、痛快戦争アクションが観たいものだ。そもそもがスターウォーズを観てVFXを目指した監督だそうだから、痛快な戦闘シーンが嫌いな訳がない。でないとハリウッドに先を越されたり、大和ものの最高傑作が宇宙戦艦ということになってしまう。ゴジラ-1.0でも感じたが、山崎作品は日本の戦争映画を呪縛から解放してくれるかもしれない。

*奇しくも両作ともに空母の重要性が鍵になっていたが、実際には空母自体は防御能力が低く、動きの鈍い大きな的にすぎない。戦艦に取って代わるのではなく、従来の艦隊に航空戦力を付け加えるためのもので、むしろそばに戦艦大和がいてくれたほうが、ずっと安心だと思う。飛行甲板に穴が空いただけで戦闘機は飛び立てず、離陸した機は行き場を失って着水しなくてはならなくなるという、リスキーな兵器なのだ。また、日本が空母の重要性を理解できなかったかのように描かれていたが、歴史上、空母を実戦で運用できたのは米軍と日本軍だけである。

ウエスト・サイド・ストーリー(2021 米)

1961年公開の「ウエストサイド物語」のリメイク。またリメイクかと放置していたが、こちらはスピルバーグ作品と知って視聴した。スピルバーグといえばリメイクされる側で、今さら超名作のリメイクなど晩節を汚すリスクしかない。それを敢えて挑戦したところに、興味がわいたのである。

オープニングは古いビルの解体工事現場のドローン撮影なのだが、どう見ても「トゥナイト」の名シーンの舞台になった古い非常階段の鉄組みが、瓦礫と一緒に押し潰されて散らばっている。ちょっと驚いたが、これは一筋縄でいかない作品かも知れないと期待が高まる。
「物語」の名曲やダンスシーンはどうなるのか心配になったが、こちらは「物語」に忠実だった。ただし画面はドローンを駆使したダイナミックな演出が組み込まれているようだ。また、ミュージカル映画のダンスシーンといえば、ワンカットの長回しが見せ場だが、こちらもたっぷり見せてくれる。ただし現代の映画なので、テクノロジーを駆使した合成やつなぎ合わせが施されているのかもしれない。例えば書類の散らばる警察署の一室や、波止場の穴だらけの桟橋で激しく踊るシーンは、見ていてちょっと怖かったがCG合成だったのだろう。

主人公のトニーを見守る雑貨店主の老婦人が、非常に存在感があったのでチェックしたら、「物語」でアニタを演じてアカデミー助演女優賞に輝いたリタ・モレノだった。この人はその後トニー賞(ミュージカル)、グラミー賞(レコード)、エミー賞(テレビ)の、アメリカのエンターテインメント4大タイトルを獲得した「グランドスラム」である(※)。本作の撮影時は90歳近いはずだが、演技だけでなく製作総指揮も勤めている。

リメイク映画には安直なものも多いが、本作は原作の良さを次の時代に引き渡すための、いわば美術品修復のような仕事だと感じた。上映時間はどちらもぴったり同じ、2時間 36分である。歌のほか多くのシーンで「物語」が踏襲されているが、それだけにスピルバーグがどういう変更が必要だと考えたのか興味深い。時間があれば、「物語」とシーンごとの比較をしてみたいものだ。

※アメリカ・エンターテインメント4大タイトル(EGOT)獲得者は、リチャード・ロジャース、オードリー・ヘプバーン、メル・ブルックス、ウーピー・ゴールドバーグなど、16人のみ。