検索エンジンやSNSなど、ネット上のサービスは常にわれわれの行動を追跡し記録しているが、そのどこが問題なのかについてははなかなか説明しにくい。個人名や住所などの個人情報を記入する場合は、目的以外の用途に転用しない旨のプライバシー・ポリシーが明記されている。個人情報の漏洩などにくらべ、法的にもモラル的にも、この「追跡」が問題になることは少ない。
だが、これらのネットサービスによる追跡の問題点を、はっきりと認識させてくれる事件が起こり始めた。海外の話だが、自分がユダヤ教徒であることを誰にも明かしていない人物のもとに、FACEBOOKからユダヤ式の新年の挨拶が送られてきたという。これはFACEBOOKへの書き込みを人工知能が分析して、ユダヤ教徒であると推論した結果だ。ひとりひとりの個人情報と突き合わせたわけではなく、ユダヤ教徒に一斉に送ったものだが、タイミングによっては周囲に知られる可能性があったろうし、何より本人が驚愕したことだろう。さらに、同性愛者であることを隠している人物のもとに、同性愛者向けの広告が入るようになったという事件もある。
ネットサービスは、ユーザーのネット上でのどんなささいな行動でも記録し、類推して、分類している。我々は個人情報には敏感だが、ネット上の行動が残らず知られることには無頓着だ。だが、そうやって収集された情報からは、宗教や性的指向など、個人情報よりもさらに深いプライバシーを暴き出されることがある。これは決して小さな問題ではないので、遠からず法的に規制されるだろう。だが、それまでの間、プライバシーの最も深い部分は、むき出しのままだ。

