国史教科書

明治天皇の玄孫で作家の竹田恒泰氏が代表を務める「令和書籍」の歴史教科書、「国史教科書」を読んだ。代表者の出自や、何度か検定に通らなかった事で話題になり、一部からは教育の右傾化を懸念する声もあった教科書であるが、通読した感想は「普通」。他の教科書と比べていないので独断だが。

古事記、日本書紀などに関する記述は多い。どの国でも、国の始まりを記述した神話がある。内容は非科学的で偏ったものかもしれないが、それが神話の良いところだ。また、戦前戦中の日本や、戦後の近隣諸国との関係についてもしっかり書かれている。そこが気に入らないという人もいるとは思うが、政府の公式見解を繰り返しているだけなので、あまり思想性は感じない。むしろ、右派から物足りないと言われるのではないかと思うほどだ。

もちろん欠点はあって、よくも悪くも教科書だというところ。事実が淡々と書かれているだけなので、決して面白くはない。特に歴史はそのまま物語になるエピソードの積み重ねだが、面白い部分をわざわざスルーされているような読後感がある。そして分厚く内容は多い。本当に今の中学生はこの内容を覚えて受験しなくてはいけないのかと思うと、気の毒なくらいだ。

米が高いなら、カボチャを...

新米が出荷されたが、値段が高い。高級銘柄を食べていた家なら、ちょっとランク下げればいいが、沢山食べる若い層にはなかなかきついようだ。

ところで北海道だからかもしれないが、この時期カボチャが安く出回る。そこで、カボチャを主食にしていた民族や国はなかったのかAIに聞いてみた。すると、あまりなかったらしい。その理由は
・栄養はあるが、カロリーが低くエネルギー密度が低い。
・とれる時期が限られ、保存性が悪い。
・甘みが強くて、調理の多様性に欠ける
など。米、麦類はもちろん、ジャガイモ、サツマイモ、タロイモなどの芋類、トウモロコシ、キャッサバ(タピオカ)、ソバなど、主食の座にあった作物には及ばないようだ。

そういえば我々の親世代には、戦中戦後に米の代わりにカボチャばかり食べていたのが辛かった、大嫌いになった、二度と食べたくない、という人が多かった。カボチャならマシな方ではないかと思って聞いていたが、長く食べ続けると、なにか決定的なものが不足するのかもしれない。

英語で、オレンジ色のほうはパンプキンで、緑色のはスカッシュ。パンプキンは家畜用だとか。

テネシーワルツ / デジタル品質の差

バイオリンを始めた頃、こんなふうに弾ければ上出来と思って、よく見ていた動画がある。いま改めて見ると、なんとも粗い画面だ。



レコードからテープ、CDなど、データはいずれ劣化するものと思う世代だ。なのでYoutubeも劣化したのだろうと考えたが、デジタルデータは劣化せず、回線速度や送受信システムが改良されたせいで、過去のデータが劣化して見えるのだという。当時特にひどい画面で見た覚えはないのだが、技術の進歩は驚くべきものだ。ひとことでデジタルと言っても、これほどの差ができてしまうのだ。最近はデジタル・リマスターという言葉を見るが、環境の変化に負けずに良いものを後世まで残していこうというのは、伝承文学や写経.写本に通じるものを感じる。

ボケボケではあるものの、この演奏自体は気に入っている。まず、ソロであっても簡単なフレーズを弾いてる。続いて多分MIDI機器などでバンジョーによるメロディラインを作り、自分は伴奏を楽しんでいる。これがプロのプレイだと、どうしてもソロ部分で高度なテクニックを取り入れて腕の良いところを聞いてもらおうとする。アマにとってそういう演奏は、鑑賞ならいいが、あまり参考にはならない。

こんなふうに、プロやエキスパートだけでなくいろいろな人が自分にあった音楽の楽しみ方をしていることがわかるのが動画配信の良さだと思う。