コンビニ富士はフェイク?

ちょっと前に、コンビニの屋根に富士山が乗っているように見える「コンビニ富士」の見物客が、地元に迷惑をかけているという話題があった。が、あれはそもそもがフェイク画像だったらしい。

というフェイク画像を作ってみた。ワイドショー画面風に作ると、それらしく見えてしまう。なかなかおもしろい。

コンビニ富士自体は決して悪いものではない。さかさ富士だって他愛もなさでは似たようなものだし、何より庶民が見つけ出した新しい美というのがいい。行政や企業、代理店が作ったイベントはまず長続きしないが、こういうものが案外長い年月を経て、伝統文化になったりする。見物客の迷惑行為も、当初は仕方がない。放っておいてもそのうち落ち着くところに落ち着いたとは思うが、フェンスを作ったのはいかにも(※)じゃない。

そこでこの画像である。そもそもがフェイクだったという見立てだが、コンビニ富士にとびついた素朴な人なら、おそらくこの「衝撃の事実」にもとびつくかもしれない。無駄足を嫌って衝動的に駆けつける数は減るだろう。が、そのうちこのインタビュー画像こそがフェイクで、コンビニ富士は健在だという情報が流れるだろう。そこからが面白いところだ。

現地へ行き画像や動画を公開しても、それは何の証拠にもならない。これほど情報網が発達した時代なのに、大勢の人に認知されればされるほど事実を確信できるのは現場を見た人だけ。信頼関係のある人の間でしか信じてもらえないという不思議な現象が起こる。さらにネット上では、これは富士を舞台にした大フェイク合戦だと気がついて参戦する人も増えるだろう。フェイクかファクトかも大事かもしれないが、面白いかどうかのほうが面白い、そんな時代にならないだろうか。

本当のことを言ってるフェイク画像

※粋(いき)
洒落ていて機知に富むこと。江戸庶民に根付いていた美意識。
最近粋なものごとを見かけなくなったので、死語になったのだろうと思って解説を。

楽器演奏と老化

楽器演奏は脳の老化防止に役立つという記事がGIGAZINEにあった。本当にそうだったらいいのだが、実感としては老化防止はともかく、演奏できるならそれほど老化していない、とは言えると思う。

楽器演奏は日によって調子の良し悪しがあり、満足度もまちまちだが、まずは意欲からして湧いてこない日もある。それも意欲の老化現象かもしれないが、一方で長年生きていると、気乗りしないことでもあきらめて取り組む経験も積んできた。で、ともかく楽器を手にして弾き始めても、普段より指が動かなかったり、前までできていた箇所で立ち往生したりする。そうなると、これはいよいよ老化か、自分のピークもここまでかと気分が落ち込んでくる。

ところが、やる気が起こらずミスばかりするような日でも、しばらく続けているといきなりスルスル指が動き始めたりする。それまで半分眠っていた目がぱっと開かれたように、そのあとの流れが見えてきて、次に出すべき音を余裕を持って待ち構えてられるようになる。そういう体験があると、自分もまだまだだと思えて実に気分がいい。目に見える上達がなくても、そういう一瞬のためだけでも楽器演奏を続ける価値がある。

また伴奏動画に合わせて弾くほうが、楽譜だけ見てダラダラ弾くより、終わった後の爽快感が大きい。それまでは頭に霧がかかっていたんだとわかるほどだ。ただし気合の入った演奏をすると、短時間でもけっこう頭が疲れるが、脳もときどききつめの負荷をかけてやったほうがいいような気がする。

タイトル画像の話 / 迷彩風

思いつきで、迷彩風にペイントされた壁にロゴ文字の穴を開けてみた。最近、AIにはできない絵柄を模索している。AI画像は日々リアルになっていくので、逆に理屈の通らないモノ同士を組み合わせている。そこで、なるべく深く考えずに思いつきをそのまま作ったのだが、迷彩はまずかった。カモフラージュ用だけに、文字部分が実に見えづらいのだ。ちょっと考えれば当たり前のことなのだが。
当初AIはネット上にあるあらゆる画像を参照するのだと思っていて、それでは人間はとても叶わないと思ったが、たちまち権利関係の問題が巻き起こり、クリアされた画像を集めたデータベースを用意しなければならなくなったようだ。それならまだまだ人間には及ばないだろうと思う。そんなこともあって、見づらい画像を公開してみた。「なんだか見づらいから、AIじゃないんだろうな」という時代がまもなく来るはずなので、先取りである。※

CGで、コンクリートや地面などの風合いを作るのはなかなか難しい。デコボコ具合や反射率など、様々なパラメータをちょっとずついじっては、それらしく見えるポイントを探す。こういう技術指向、品質指向はキリがないので、私はよくズルをする。例えば住宅パースで、無数にあるサイディングの質感の違いを表現するのは大変なので、かわりに玄関に子どもの三輪車を横倒しにして置いたりした。三輪車を放りだして家に駆け込んでくるワンパクな子どものいる暮らし。ひっくり返ってるのが気になるやら微笑ましいやらで、好感度が上がり、サイディングの色合いなど気にかからなくなる。
今回のズルはカエルのバリケードだ。そういえば最近そんなのを見かける、とか、あんまりかわいくない、とかいうことに気を取られて、その場が茶色いカーペットじゃなく地面なのだと無意識に受け入れてしまうわけである。

※ZOOMなどで人間と向かい合っているつもりが、映像も音声もAI作のいわゆるディープ・フェイクで、それで詐欺が行われたことがあったらしい。そしてこの対策として、会議中に指で自分の鼻を押すというような意味のない行動をする、というのがあった。AIも予想不能なナンセンス行為が、これからのトレンドになるかもしれない。楽しい時代になりそうだ。