喧嘩両成敗は加害者の味方

ウクライナが降伏すべきだという政治家がいて驚いた。中立化すればいい、とも言ったようだ。

虐殺というのは、降伏してから行われる。
大の大人が本気で抵抗すれば、警官数人がかりでも、なかなか取り押さえられない。ましてや武装し、自分のホームグラウンドで身を潜めて狙ってくる相手は、虐殺したくてもできないくらいだが、一旦降伏して武装解除してしまえば、自宅に押しかけて子供に銃を突きつければ簡単に連行できる。
ウクライナでは、女性と子供が国外に避難し、男が残って抵抗を続けている。愛国心やロシアへの反感以前の問題として、自分が暴れている限り、家族が連行されることはないからだ。

1940年、ポーランドにアウシュビッツ強制収容所が作られた。その前年、39年にドイツがポーランドを侵攻した直後に作られたことになる。その時、ドイツと一緒にポーランドに攻め込んだ国がある。ソヴィエトである。日本人にはピンとこなくても、東欧の男たちはあの国がどういう国か知っている。

(戦争についてはあまり書きたくないのだが、つい...)

プーさん大暴れ

あいかわらず、プーさんが大暴れ中だ。が、思ったより弱い、何が目的かわからないなどの声が上がる中に、古臭いという感想も多い。米と並んで最新・最強を誇っていた戦闘機が、情報戦に遅れをとって簡単に落とされてしまい、自軍の動きは住民のSNSで事細かに把握されてしまう。まるで20世紀の軍隊のようだ。
昔だったら、先遣部隊が乗り込んできた段階で、背後に控える大軍におびえて相手は戦意喪失。指導者が亡命し、代わりに立てた傀儡を、国民が旗を降って受け入れる。そんな20世紀風のファンタジーが、プーさんにとっての正道、あるべき姿なのかもしれないが。

かつてヒット商品を生み出し、時の人になった企業の社長が、その後倒産。小規模ではあるが同じような会社を立ち上げる。そして意気揚々と、かつて毎日のように頭を下げてきた業者のもとに乗り込んだら、受付でそっけない応対をされる。そんな場面を想像してしまった。

私はプーさんと歳が近い。周囲に見慣れないものが増え、聞いたことのない言葉が増えていくような気持ちはわからないではない。が、私は骨董品なりの生き方をすればよいが、政治家はそれではいけない。常に最新の状況を受け入れつつ、さらに自分がいない未来のことまで考えなければ、国民が不幸になる。とりわけ引き際を間違ってはいけないのだ。

テロリス
“TERRORIS” Russian Terrible Game

壽七五三(ことぶきしちごさん)

七五三は、3歳、5歳、7歳の子供の成長を祝い、これからの豊かな人生を願う行事である。自分がやらなかったので、あまり印象はなかったのだが、先日なにげなく千歳飴の袋を見て意外なことに気がついた。子供向けの絵柄だろうと思っていたが、実は翁(おきな)と媼(おうな)の絵、能の演目である「高砂」のジジババの絵だった。

「千歳酒」にしようかと思ったが、非常に近いメーカーがあるので、とりあえずパス。そこでやればいいのに。

高砂といえば、今はやらなくなったが昔は結婚式で必ず歌われていた。そう考えるとかつての日本人は、七五三から結婚式まで、高砂でその長寿を祈られていたのである。だとしたら、つつがなくジジババになれたら、その旨を神様に報告する儀式があってもいいだろう。そこで75歳3カ月になったら、長寿祝いの七五三詣でをするのはどうだろう。喜寿、古希などの家での祝い事とは別に、神前に詣でて、お祓いを受けるのである。その際、なにか象徴的な儀式もほしいので川柳を一句詠んで奉納するというのもいいかもしれない。この際、なかなか着る機会のない紋付き袴や留袖を着るのもいい。また、千歳飴を持ってないと様にならないが、中身は酒がいいだろう。