16世紀後半に、日本から連れ出され海外に渡った日本人奴隷がいたことを示す資料が、2010年に発見され話題になった。日本の16世紀後半と言えば、信長、秀吉の活躍した安土桃山時代から関ケ原の戦(西暦1600年)ころ。多くの南蛮人が日本に居住していた時代である。その日本人奴隷について記した、「大航海時代の日本人奴隷」(中公叢書 ルシオ・デ・ソウザ 岡美穂子)を読んだ。
その奴隷の名はガスパール・フェルナンデス・ハポン。日本名は不明である。彼は1577年に豊後国(現在の大分県)で生まれ、8歳頃に攫われて、長崎でポルトガル人商人ルイ・ペレスの奴隷として売られた。
当時、長崎を含む西欧人社会には、子供から大人まで、男女を問わず、またその用途も家事から肉体労働、戦争の傭兵までさまざまな奴隷がいた。奴隷になった経緯も、ガスパールのように攫われた者だけでなく、海外の事情がよくわからずに騙されて契約した者、海外に行きたくて自分から契約した者もいたらしい。ガスパールの場合は、ほぼ養子同然の、衣食住、何不自由のない暮らしをさせてもらえたらしいが、これには主人であるルイ・ペレスの事情があった。
ポルトガル人ルイ・ペレスはユダヤ人で、本国での異教徒への迫害を避けるためにキリスト教徒になった。こういう改宗者は新キリスト教徒と呼ばれたが、やはり本国のみならず、マカオや長崎においても常に異端裁判にかけられる恐れがあった。そこで自分が正しいキリスト教徒で、慈善の精神に富んでいることを示すために、子供の奴隷を買い、自分の子供同然の暮らしをさせたのである。
最近日本にもイスラム圏からのお客が増えたことで、彼らが「ハラル」と呼ばれる戒律に従って豚肉を食べないことは知られてきたが、ユダヤ教徒にも「コーシャ」という戒律があり、豚肉のほか、エビカニ類も食べない。ちなみに日本人からすると融通が利かないように思えるが、ユダヤ人のコーシャに従った食事にはローストビーフやベーグルなどがあり、アメリカでコーシャスタイルの惣菜を提供しているのが「デリカテッセン」だから、なかなかグルメなスタイルとも言える。
話がずれたが、ルイ・ペレスは、マカオから長崎に移り、さらに異端裁判の危険をさけてマニラに移住するが、そこでついに逮捕され異端裁判にかけられる。体に染み付いたユダヤの生活文化が出てしまい、豚肉をたべなかったり、十字架の前を通るときに帽子を取らなかったりしたことで発覚したという。その裁判記録の一部として、日本人奴隷ガスパールについての記録も残されたのである。
ペレスは全財産を没収され、ガスパールはルイの息子と一緒にメキシコに渡った。そこで奴隷の身分から開放され、最後は自由な人間として暮らしたらしい。「大航海時代の日本人奴隷」では、日本人奴隷ガスパールだけでなく、ヨーロッパ、アジア、南米など世界各地の奴隷たちの姿を描きだしている。奴隷と聞くとショッキングだが、当時の社会には単純に現代人の感覚で善悪をきめつけられない、さまざまな奴隷契約の形があった。中にはいわば年季奉公にすぎないものもあり、こうなると現代のブラック社員のほうがよほど奴隷的な境遇といえるかもしれない。
※アメリカの奴隷制度について、AIとのセッションをまとめてみました。よろしければご笑覧を。→「奴隷考」