マジ、ラブ!フォーレバー!!

最近、ホールでのコンサート風景を見ると、グランドピアノの観客側の側板に、大きくメーカーロゴがついてることがある。マーケティング的には効果的だが、その調子でコントラバスの胴や、指揮者の背中にもロゴを入れて行ったとすると…。広告を見せながら楽隊が演奏するなら、オーケストラはチンドン屋への道を歩み始めたとも言える。そもそも本当のクラシックファンなら、どのピアノの巨匠がどのメーカーを好んでいるかくらい知ってるし、ロゴなど見なくても音を聞いただけで、「おや、今日はスタインウェイではなく、ベーゼンドルファーだね」とわかるものなのだ。(そうだよね、私はできないけど)

ここまでは前ぶりで...この夏墓参りをした際、他家の墓でとんでもないものを見た。新しい墓の基盤に、設置した石材店の名前の金属プレートがついているのである。これにはさすがに眉を顰めざるを得なかった。そもそも墓というのは、塔を模したものである。塔とは法華経見宝塔品(ほけきょうけんほうとうほん)にあるように、釈迦牟尼仏が教えを説いた時に現れた「宝塔」のことである。いわばお釈迦様の教えの象徴ともいうべきもので、本来仏教徒というのは、塔を立てて中に仏舎利(釈尊の遺骨)を安置して供養しながら、そこを道場として修行に勤しむ人のことを言った。
だから日本でもお寺には塔が立っている。たとえ五重塔のような建造物がなくても、建物のどこかに小さな塔が安置されていて、中に仏舎利が納められている。この仏舎利も印度から伝わってきた本物の釈尊の遺物である。つまり、熱心な信徒の方が宝塔を立て、釈尊と同じように故人の遺骨を安置した、というのが墓なのだ。

それを他人が勝手に名前を刻み込むのは、世界遺産の五重塔に、アイアイガサだの「〇子マジ、ラブ!フォーレバー!!」と書くのと同じくらい見識のないことである。バチが当たるとは言わないが、その会社が廃業した後の数百年後まで、世界中の仏教徒の笑いものになる。ピアノの場合は、チンドン屋が下賤な職業というわけではないので、どうぞご勝手にという感じだが、石材店は、客が同じような馬鹿げたことをやろうとしたら止める立場であって、自分からそれをやっちゃいけない。

Parker Solar Probe

人類史上、最も太陽に近づいて観測する「Parker Solar Probe」計画の宇宙船が無事発射した。この宇宙船には、世界中の有志の名前を宇宙船内のメモリに記録していて、太陽まで運んでいく。私の名前もその中の一人だ。宇宙船はこれから(もうすでにに?)金星に近づいて、その重力を利用して速度を落とし、太陽に引っ張られるコースに入る。

地球から最も遠くまで行った宇宙船はボイジャー、最も遠くまで行って帰ってきたのは日本のはやぶさ、人間を乗せて最も遠くまで往復したのはアポロ。今回のParker Solar Probeは、最も高速の宇宙船ということになるらしい。これは、宇宙船は打ち上げ前は地球と一緒に太陽の周りを猛スピードでまわっていることになるので、慣性力が働いて、なかなか回転の中心に向かっていけないからだそうだ。
また、太陽に接近するだけあって、耐熱には最新の技術が用いられている。基本的には太陽に向かって耐熱素材の盾を構えるようなしくみらしい。この盾の後ろ側には、宇宙船がむき出しな感じで身を隠している。宇宙だから灼熱の大気などないので、太陽側だけ守れば良いのかもしれないが、すごく心細い感じだ。

昨年はミサイル騒ぎで、今年は台風、地震とさんざんだが、この小さな宇宙船のことを考えると、少し晴れ晴れした気分になる。太陽の高さから見れば、人類は皆同じ星の同居人、まさに「知己友人」である。

KAMADO/海外が本場になってしまった日本の道具

youtubeを見ていて、「えっ、これはアレじゃないの?」と言いそうになった。名前は分からないが、古い燃料店においてあったアレ。調べると、「蒸しかまど」という名前で、羽釜がすっぽり入るようになっていて、中に木炭を入れてご飯を炊く道具だった。狭い厨房でも炭火でご飯が炊けるということで、寿司屋で使う道具だったらしいが、今ではそういう店もなくなったそうだ。

ところがアメリカでは、「KAMADO」の名前で、バーベキューの道具としてなかなか人気らしい。日本の蒸しかまどは製造中止だそうだが、アメリカにはKAMADOのメーカーが何社かあるようで、赤や緑の色や表面の凹凸など、名前以外にも蒸しかまどのDNAがはっきり見て取れる。

おそらく戦後、米軍などの家族でやってきたアメリカ人が、日本で手に入らない蓋付きバーベキューグリルの代わりに使いだしたのだろう。アメリカ人は、なにがなんでも庭でバーベキューをしなければならないようで、子供の教育にも関わることのようだから。そして使い勝手が良かったのか、使い込んだバーベキューセットに特別な愛着を持つのか、なんとか本国に持ち帰った。というようなストーリーが目に見えるようだ。

何しろ本場のアメリカ人が良いというのだから、これはもうご飯ではなくバーベキューの道具になってしまったのだ。色や形からして、もしかしたら日本へも中国から渡ってきたのかなとも思うが、いずれにせよ、今はアメリカに市民権があるようだ。それにしても、使わなくなろうが忘れられようが、一度生まれた生活文化というのはそう簡単に消えたりしないのだなあと感心した。