オールド・バイオリンはなぜ高い

ただでさえ初心者な上,年も年なので,覚えるのは遅く忘れるのは速い.だからなるべく毎日バイオリンに触ることにしている.ほんの5分程度,スケールを数回行き来するだけのことも多い.だがそうしていると,ほとんど調律の必要がなくなり,長い間松脂を塗らなくても音が出る.
だがどうしても触ることもできない日もあるのだが,このあいだ,数日放置しておいたら,一番高いEの弦が,急にかすれたように音が出なくなった.あわてて松脂を塗り,ややつま先立ちになっていたブリッジを直して,ようやく音が出るようになった.

そのときの観察では,ブリッジの設置位置がバイオリンの中心線より低い方にずれていた.同じ振動を与え続けていたことで,ブリッジ自体も振動し,脚の底面のデコボコ具合が納まりののいい場所まで移動してしまった,そんな感じである.私のブリッジの削り方が悪いのだろう.困ったことだが,ブリッジの削り方のヒントにはなったような気がする.
またブリッジの上部は,E弦だけが深く食い込んでいた.安物のブリッジは柔らかくて食い込みやすく,高級品は音色を損なわない程度に,程よい硬さなのかもしれない.それともブリッジは案外速いペースで交換しなければならないものなのか.また,このときのカスレ具合は,中古バイオリンが届いたときとよく似ていた.もしかしたら,ほんの数日弾かなかっただけで音が出なくなるような楽器なのか.

だとしたら,古いバイオリンの名品が豪邸を買えるほどの値段で取引されるのも納得がいく.1日数時間ずつ100年以上となると,安めの時給換算でも億のケタになってしまう.さらに希少性とプロ演奏者の時給などを考えると,豪邸並みは高くないのかもしれない.豪邸といえど,数ヶ月でできてしまうシロモノなのだから.

もちろんこういうバイオリンばかりじゃなく,元が悪かったり,扱いが正しくなかったせいで使い物にならなくなったもののほうが多いはずだ.一握りのものだけが年月の洗礼を受けて素晴らしい名品になるが,残りは廃棄される.なんだか,老成する人物とキレる年寄りの違いを言われているようで耳が痛い.

次回「ゲーム・オブ・スローンズ」(11/24公開予定)
乞うご期待!

携帯電話

ネット上の記事で,「携帯電話のない時代に,どうやってデートしてたの?」という質問があった.そういう時代に生きてきた身としては,実に重い問いかけである.まずは何人か知人(男)に尋ねたが,一様に「電話をすると,親父が出てきた」と答え,話が弾まなくなった.いろいろ大変すぎて,あまり楽しい思い出ではないのだ.

例えば何人かで旅行に行くとする.万一遅れたり,行けなくなった場合の連絡法を決めておくだけでなく、一人ひとりが,万一一人になっても帰って来られるだけ現金を持っていく.そして誰かの家族を共通の連絡先にして,公衆電話から連絡を入れ合う.そんなふうに,事前に諸々のルールを決めておかなくては,とても危なっかしくて出かけられない.そこまで考えても,旅行となると予測不能なことも起こるのだ.我々年寄りは,若い世代に無条件に集団のルールを守るよう押し付けてしまうかもしれないが,年寄りはこういうバックグラウンドを背負ってるからかもしれない.

退屈で閉鎖的な日常を破ろうと思ったら,若い人なら全員携帯電話なしで,少人数の旅行をしてみるといいかもしれない.一方,携帯電話に依存した生活して,もはや無くてはならなくなっているのは今の高齢者のほうだ.どこにいても直接相手を呼び出せる無線式の電話は,昔はまさに夢の機械で,社会をあげてそのインフラ構築に取り組んだとも言える.ないとどれだけ困ったことになるか身に染み込んでいるから,携帯なし旅行の話などには,絶対に乗ってこないだろう.自分だってそうだ.

というふうに,便利なシステムに頼りきってしまうことの良し悪しを書こうと思ったのだが,先日雨の中で自転車に乗りながら傘をさし、スマホをいじってる人を見たのを思い出した.手は2本しかなかったと思う.機械の発達に負けず,人間も進化している(?)

次回「オールド・バイオリンはなぜ高い」(11/20公開予定)

天体観測の話

昔,名寄市天文台の佐野康男技師に取材した際のお話.当時氏は日本でただ一人,2個の超新星の発見者だった.(※1)

誰かが天体観測をしようと思ったら,まず天体望遠鏡を買わなくてはならない.これはもちろん高価なものだが,個人で買える範囲のものでもあるらしい.それを,しっかりしたコンクリート製の土台に固定し,屋根と壁で囲んで観測所を作る.実際に拝見したものは人の背丈よりやや低いくらいの,ナントカ物置のようなもので,普通の民家の一角に据えてあった.

そうして準備が整ったら,次に星の座標を記したマップを作る.そんな情報はどこかにありそうなものだが,それらはあくまで他の天文台の位置から見たもの.新しい天体を発見するには,既に知られている星が,自分の観測所からみてどれにあたるのか,すべて調べつくさなければならない.その作業にまず10年かかる.その準備ができた人が,国際的な天文ネットワークに発見を発表できるのだ.

そのネットワークの頂点に立つのがアメリカ国立天文台(NOAO)だ.こういう巨大な天文台があるのに,個人の観測者が大きな発見ができるのは,大きくて拡大率の高い望遠鏡ほど夜空の狭い範囲を見ていることになるため.全天を見張るには,世界中の個人観測者が不可欠なのだ.
また,天体観測に必要な望遠鏡は,素人目には案外小さいもののように思えた.が、現在の天体観測は望遠鏡の大きさではなく,撮影したデータの画像処理能力を競うものだという.そのためのソフトは観測者がプログラムし,その精度が大発見の決め手になる.

観測者の活動も,優雅に星空を眺めるというには程遠い忙しさだ.夜間に観測しなければならないのは勿論だが、日中は世界中の観測者からのデータがパソコンに送られて来て、絶えず目を通さなければならない.一体いつ寝るのか,証券ディーラーかと思うほどの慌ただしさが,天体観測者の日常らしい.
しかも星空も決して穏やかな世界ではない.シューメーカー彗星(確かそう言ったと思う)が接近した時は,普段は絶え間なく情報を発信するアメリカ国立天文台が,通過するまでずっと沈黙していたという.ぶつかると思っていたのか,やっぱり大統領が箝口令をしいたのか.映画さながらのダイナミックでスリリングな話題に,すっかり度肝を抜かれたのを思い出す.

さて,宇宙的スペクタクルの最後は,しっとりとあの曲で.

次回「携帯電話」(11/16公開予定)
乞うご期待!

※1
超新星2個の発見が日本人で唯一というのは、当時の話である.その後,さまざまな発見があったと思うし,佐野氏自身も,もうひとつ発見して認定待ちで,しかもこれまでにないタイプの可能性があると言っていた.今回天文関係のサイトで確認したところ,3個目は無事認定されており,しかも「核がむきだしになった」,初めての超新星ということである.