タイトル画像のはなし / 押しピン

CG空間では、比較対象物がなければ物体のサイズはあいまいで、ミニチュアなのか実体サイズなのか、区別できなくなる。現実世界では物体との間に空気があって、塵の乱反射などで遠いものと眼の前のものは区別できるが、CG空間は完全クリーンである。そこで、オリジナルな物体は、誰でもサイズがわかっているものを周囲に配置すると、サイズがわかりやすくなる。
この画像では、押しピンからぶら下げただけで小さいアクセサリに見える。また、押しピンの並びをやや不規則にし、やや見下す角度の目線にし、背後をベニアっぽくしたことで、フリマなどの個人の手作りアクセサリ販売風景らしく見えてくる。

吊った位置のせいでYの字が傾いているところが、今回の見せ所。端っこで吊るしたせいで重さで傾いているように見せてみた。重力の影響を計算してくれる「物理演算」という機能もあるが、そこまでしなくてもちょっと回転させてやるだけで、「あるある」な演出になる。その点で言えば、Lの字の傾きは逆に振れてなければいけない。この絵だと壁に貼り付いているように見えるかもしれない。

米が高いなら、カボチャを...

新米が出荷されたが、値段が高い。高級銘柄を食べていた家なら、ちょっとランク下げればいいが、沢山食べる若い層にはなかなかきついようだ。

ところで北海道だからかもしれないが、この時期カボチャが安く出回る。そこで、カボチャを主食にしていた民族や国はなかったのかAIに聞いてみた。すると、あまりなかったらしい。その理由は
・栄養はあるが、カロリーが低くエネルギー密度が低い。
・とれる時期が限られ、保存性が悪い。
・甘みが強くて、調理の多様性に欠ける
など。米、麦類はもちろん、ジャガイモ、サツマイモ、タロイモなどの芋類、トウモロコシ、キャッサバ(タピオカ)、ソバなど、主食の座にあった作物には及ばないようだ。

そういえば我々の親世代には、戦中戦後に米の代わりにカボチャばかり食べていたのが辛かった、大嫌いになった、二度と食べたくない、という人が多かった。カボチャならマシな方ではないかと思って聞いていたが、長く食べ続けると、なにか決定的なものが不足するのかもしれない。

英語で、オレンジ色のほうはパンプキンで、緑色のはスカッシュ。パンプキンは家畜用だとか。

テネシーワルツ / デジタル品質の差

バイオリンを始めた頃、こんなふうに弾ければ上出来と思って、よく見ていた動画がある。いま改めて見ると、なんとも粗い画面だ。



レコードからテープ、CDなど、データはいずれ劣化するものと思う世代だ。なのでYoutubeも劣化したのだろうと考えたが、デジタルデータは劣化せず、回線速度や送受信システムが改良されたせいで、過去のデータが劣化して見えるのだという。当時特にひどい画面で見た覚えはないのだが、技術の進歩は驚くべきものだ。ひとことでデジタルと言っても、これほどの差ができてしまうのだ。最近はデジタル・リマスターという言葉を見るが、環境の変化に負けずに良いものを後世まで残していこうというのは、伝承文学や写経.写本に通じるものを感じる。

ボケボケではあるものの、この演奏自体は気に入っている。まず、ソロであっても簡単なフレーズを弾いてる。続いて多分MIDI機器などでバンジョーによるメロディラインを作り、自分は伴奏を楽しんでいる。これがプロのプレイだと、どうしてもソロ部分で高度なテクニックを取り入れて腕の良いところを聞いてもらおうとする。アマにとってそういう演奏は、鑑賞ならいいが、あまり参考にはならない。

こんなふうに、プロやエキスパートだけでなくいろいろな人が自分にあった音楽の楽しみ方をしていることがわかるのが動画配信の良さだと思う。