無量大数より大きな数の単位

その昔、確かゼロックスだったと思うが、数の単位を小さなものから次々と並べるテレビCMがあった。最後が「大数」で、その時は大数が最大なのかと思っていた。最近は経済の規模やIT世界の単位が京や垓になったというが、人間の想像力に比べればまだまだ。大数などは、序の口だったらしい。

眠くなるけどね

コロナでは、ミクロの世界の侵略者に振り回されっぱなしだが、たまにはこういう気宇壮大なものを見て、気分転換もいいだろう。世界経済が大ダメージとかいうけれど、「兆」程度なら、なんとかなるんじゃないの?

新型コロナ緊急事態を全面解除

先程、新型コロナ緊急事態が全面解除になった。2020年は長いと言った人がいるが、まったくそのとおりだ。

すでに21日に解除された関西は、その前から発生数が少なかったため先行して解除されたのは当然だったが、残った関東と北海道は、とりわけ神奈川と北海道がここ数日むしろ増加傾向だったので、25日の解除は内心あきらめていた。自分が責任者だったら、当初予告の通り5月いっぱいまで引っ張ったかもしれない。北海道だけが残って、ヘイトを食らったらいやだな、などと考えていたくらいだ。
だから専門家会議の判断を信じ、現場で治療にあたってる関係者を信頼してはいるものの、全然安心感がない。せめてもうちょっとマスクはしていようかと思ってる。

世界に目を向ければ、不安はさらにつのる。ヨーロッパ各国は日本とはケタ違いの被害を被っているが、それらの国々の医療が、日本とケタ違いに劣っているとは思えない。感染力が強いと言われるヨーロッパ型が、日本にまだ上陸してないだけかもしれない。また、ブラジルなど南半球で感染者が増えているのも、コロナが冬に流行しやすいのかもしれず、日本も次の秋冬にぶり返さないとも限らない。子供の頃は世界がひとつになったら平和になると思っていたが、実は世界はとっくの昔にひとつになっていて、ウィルスの前では、政治体制のちがいもへったくれもないということを痛感した。

実は自粛期間中にドイツにあるものを注文したが、船が止まり、荷物は向こうに戻されてしまった。自分でさえそうなのだから、世界中でどれほど大規模で深刻な停滞が起こっているのだろうかと思う。とにかく、今、世界はコロナの真っ只中だ。

ポストコロナ時代の店舗ソリューション

コロナ事態が起こって、スーパーなどではそれまでむき出しで陳列していた食品を、一斉にラッピングした。今までの考え方なら、より衛生的になったと言えるかもしれないが、コロナに関してはちょっと違うようだ。
コロナウィルスが、どんな材質の表面でどれだけ生存していられるか調べた結果、紙の上では3時間で消滅したが、プラスチックやステンレスの表面では、7日間も生存していたそうだ。また、一般的に生物の表面には常在細菌がいるので、外部から付着した病原菌が生存しにくい。となると、例えばリンゴを感染者が手にとってまた棚に戻した場合、ラップしないほうがマシだったということになるかもしれない。ステンレスのドアノブに触れたり、自動ドアのスイッチに触れて、密閉された空間に入ること自体、路上などよりリスクが高いのは言うまでもないだろう。

そこでポストコロナ時代の最新型青果売り場を考えてみた。まず、店は道路に面していて、シャッターを開けると、間口いっぱい開放される。正面はドアや壁が一切なく通気性は抜群だ。商品はパックされずに陳列台にむき出しで並べてあり、客は直接商品に触れずに、店員に声をかけて欲しい物を指差すだけ。包装もラップやプラスチックトレイではなく再生紙や紙袋にする。いっそ新聞紙でもいいかもしれない。また、紙幣や貨幣からの感染リスクを完全になくすのは難しいが、これもすぐにレジにしまい込まず、いったん天井から吊るしたカゴ状の入れ物に入れて、できるかぎり外気と紫外線にあてるようにする。釣り銭もここから取り出して渡すのだ。
さらに釣り銭を渡すときには、例えば20円なら20万円、150円なら150万円というように、あえて1万倍にした額を言えば万全だ。コロナ事態が続いて経済が破綻し、超インフレ社会にならなくてよかったと、常連客とともに確かめ合うためである。

今まで誰も見たことのない異様な販売スタイルではあるが、私はなぜかこのやり方が、けっこう自然に受け入れられるような気がする。

ヤオックス、それはポストコロナ時代のグリーン・グロッサーに贈る、
総合衛生管理ソリューションです。