今日は大晦日

今年も様々なことがあった。特にネット関係では、大手企業が次々と攻撃を受けたのを始め、自分宛のメールにもぬけぬけと官庁や公共性の高い企業名を名乗った詐欺メールが増えた。米大統領選挙の年はネット上で激しい攻防が行われていると聞くが、そのとばっちりは各方面に及んでいると思う。

また、犯罪ではないがIT化そのものの限界を感じることが増えた。アウトソーシングが叫ばれた頃から、ITは企業の社内業務を体よくIT企業に押し付けるという意味合いが大きくなってきたが、近年はその業務コストを顧客に押し付ける形でのシステム化が増えてきた。要は面倒くさい操作が増え、人間の対応が激減した。

年を取って変化についていけない部分もあるものの、かつて新製品、新サービスが登場するとその分必ず生活が便利になり、快適になった時代を体験していると、今登場するITサービスは、消費者のベネフィットに逆行しているものさえあるように感じる。
今年、熊本の公共交通が乗車料金のカード化をやめる決断をした。おそらく国が後押しして進めているであろうキャッシュレス化に背いていくのは大きな決断だっただろうと思うが、人口そのものが減少している地方では、交通機関をカード化にしたところで乗客増が見込めるわけではない。さらには、カード化のための設備とシステムの導入や維持管理、バージョンアップなどにコストがかかりすぎて、組織内部のコスト削減にすらなっていないのではないかと思う。今年あたりは、戦略的な目標はないがシステム化できる余地があるからする、というやり方の限界が来たような気がする。

1年を振り返れば更に犯罪だの戦争だのと楽しくない話題はきりがないが、実は来年にはささやかなお楽しみがある。元日付けの記事にして、すでに予約投稿済みなので、明日が来るのが楽しみだ。

戦争に「一進一退」はないのかもしれない

メリー・クリスマス!
歴史上、多くの軍事作戦がクリスマスまでの戦争終結を目指して実施され、思惑通りにはならなかった。ウクライナにせよイスラエルにせよ、クリスマスの声を聞くと、また今年も終わらなかったと思ってしまう。

ネット時代は、今起こっている戦争の、その日の兵士や兵器の損失数、前線の移動距離などが毎日公開される。それを見ていると、片方が「何キロメートル前進した」と発表した同じ状況を、他方は「何キロ誘い込んで、これだけの損害を与えた」と発表しているように見えてくる。孫子が言う通り戦争とは騙し合いなので、発表されたものがそのまま事実とはいかない。が、両方ともウソをついているわけではなく、作戦通りに成果をあげたと考えているのだとすれば、これは長引くわけだと思う。

メディアは、戦況が一進一退だという。まるでプラマイゼロのような言い方だが、実際には毎日千人単位の戦死者が出ていて、国はその分確実にダメージを被っている。そんな判断のつけづらい戦況データを見て、優位か劣勢か見極められるのは軍人だけだ。講和を決定するのは国民と指導者だが、今のままでどうなるか見通しを述べるのは軍人の仕事だ。だが、戦況が混迷した時に限って、生粋の軍人を要職から外して政治寄りの人物をすえてしまう。これもまた戦争の歴史で、何度も繰り返されてきたことだ。
「勝敗にかかわらず、戦争でペイした国はない」と言ったのは、確か軍事研究家のリデル・ハートだったと思う。一進一退と言われる境界線の前後の何キロにも及ぶ地帯は、建物も立木も焼き払われ、壊れた車両や兵器から流れ出した毒物と不発弾、染み込んだ血液と放置された腐敗物で、誰が手に入れたとしても使い道がない。

東西ゲン担ぎ対決

昨日は、西洋では不吉と言われる13日の金曜日。私はゲンを担ぐほうではないが、同時に大安吉日でもあるということなので、東西のゲン担ぎはどちらの効力が上回るのか、注目しながら1日を過ごした。外出もし、普段と変わらない生活をしたのだが…。

結果は、これと言った出来事は起こらなかった。ということは、東西のゲン担ぎが互いに威力を発揮したことで吉凶が相殺されたに違いない。ゲン担ぎには決してあなどれない実効性があることが証明されたわけである。昔の人の言うことには間違いがないと、あらためて感心した。

何気ない一日が、実は高度なパワーバランスの上に成り立っているのかも。